2014年04月23日

四臂仕事人。

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2014 tsutiura

柄杓をよこせー。柄杓を〜〜〜〜〜。

ヤツデの新芽を見ていると船幽霊の話を連想してしまう。
夜、鏡のように真っ黒に凪いだ水面。
小舟の船べりにまとわりつく手。
先を見れば、水面ににゅっと突き出す無数の手、手、手。
怪談の中でもとりわけ気味が悪い。

ヤツデは八手と書く。
けれど葉が八つに開くというわけではない、葉は7枚、9枚と奇数だ。
八というのは、たくさん、の意味。
八百万、八尋、八百屋、八重 八岐大蛇 etc.

昔、彫刻家の先輩と、どんな道具が一番ほしい?
という話をしていた。
丸くくりぬくのこぎりとか、蟻のように自在に潜行して彫ってゆくルーターとか、
夜のうちにやっておいてくれる小人数人(笑)とか、いろいろ思いついたけれど
結局最後には、

「自分の手がもう1,2本あると助かるよなあ」

というのに落ち着いた。

そう思う。作業の過程で、
ちょっと押さえてて、両側に引っ張って。
これ以上便利なものはないだろう。
助手要らずだ。

自身が八面六臂の活躍をするような人に見られたいとは
決して思わないけど、
作業中だけはほしい、とたびたび思う。

毎年春ににょきにょき出てきて、
夏ごろ一番活躍して、冬には痩せて落ちる。とか。
あ、想像したらやっぱり気持ち悪い、肩こりも、四十肩も2倍か。
重くて腰にも悪そうだ。
やっぱりいらないな。



posted by 前川秀樹 at 13:26| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

満開鹿島立ち

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桜三分咲き 五分咲き 八分咲き。
まだかな、そろそろかな。
と日に日に華やかになってゆく川沿いの景色を
毎年楽しみにしている。
ところが今年はそういう順序も情緒もすっ飛ばして、
開花 すぐ満開。
気が抜けるほどあっけなかった。

天気もいいし、年度も改まったことだし、
鹿嶋立ちに行ってきた。

香取神宮、鹿島神宮、息栖神社
の3か所を回るのが正式だ。
順番は諸説あるらしい。

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どこも花、花、花。
良い季節になったものだ。
鹿島立ちの立つは出立の立つ。
晴れやかな気持ちで新しい年度を始めたい。
そういう気分の時に満開の花は似合う。

そういえば、はなむけ という言葉がある。
漢字ではこう、 こりゃ読めない。
僕はずっとはなむけは、花向けだと思っていた。
でも意味としては鼻向けが正しい。
馬の鼻を旅立つ先へ向けるということ。
鼻を向けるのは馬上の人ではなくて
見送る人。
そういう場面が一言に凝縮されていることが
実に美しい。
置いてゆかれることと、置いてゆくこと
つらいのはどちらだろうか。
それでも別れは避けられない。
覆せない事情というのはあるものだ、

「左様ならば仕方がありませぬ。さあ、早う行きゃれ」

思えば、左様なら、もまた送る立場からの言葉。
自らのつらい気持ちをおさえて、
相手を精一杯慮った、やさしい別れの送る言葉。
そしてそんな場面にはやはり
花吹雪が似合う。

そんな美しくもはかなげなことを
つらつら思い描きながら引いたおみくじ、

中吉。


お、幸先がいい。


旅立ち  悪し。

あ、左様ですか。
ええ、当面旅立つ予定なんぞはありませんともさ。
先立つものもありませんし。


posted by 前川秀樹 at 20:58| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月30日

天上の庭へ

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雲ひとつない蒼穹の下、雪原を歩く。
この日の気温はこんな山の上でも16度
防寒着が邪魔になるほどの最高の気候だ。
天上の庭に出かけた。

僕の修羅場が一時過ぎて、
「山に行きたい」
といったら、いつものサンペイ君から、
じゃあ金曜日朝6時集合、との返事。
行先は、どこなんだろ、よくわからない。
でも案内は任せて安心。
両神山以来である。

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あれが磐梯山です。
ほう。立派な山岳の顔をしているね。
間の抜けた感想である。

リフトを降りて、さて、歩きましょう。
あの山のふもとまで行きましょう。
今回は、登山じゃなくてハイキングですから。軽いですよ。

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スノーシューも借りて。
これがないと、ズボーっと股関節まで雪を踏み抜いてしまう。
地面に近いところには空洞がある。
山も雪解けを迎えているのだ。

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磐梯山は猪苗代のほうからみると器量よしの山なのに、
北向きの裏側はこんな風にざっくりとえぐられたような、荒々しい
岩肌がむき出しになっている。今回は噴火の内側を歩いていくのだ。


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冬山に道はない。歩けそうな好きなところを歩くのだ。
厚く積もった雪は、
夏には木立や沢や礫でにぎやかで複雑な山肌を、
禅寺の庭にように、すっきり簡潔で研がれた景色に変える。
もちろん、規模は、作られた庭と違い原寸大だから
自分のほうが縮小倍率を掛けられたような奇妙な気になる。

なるほど、構成要素の少ない簡素な風景というのは、
とりたてて、特別な集中力など要さなくても
容易に世界への干渉と内省へと自分をいざなってくれるものだ。
だから、雑音の少ない簡素は退屈をもたらさない。
こんなに静かなのに、
むしろ今、ここを満たしているのはある種のスリルなのだ、と感じる。
スリルにただゆだねる。そのことのなんと心地よいこと。
サンペイ君が雪山をこよなく愛するのがなんとなくわかる気がするな。


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今回のコースの最奥、氷瀑。
流れ出る硫黄分で黄色くまだらに染まっている。
もりもりと迫力のある造形物だ
が残念ながら、ちょっと季節が遅かった。
解けてサイズダウン。

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ん、音がする。おお、雪崩ですよ。
ほんとだ!
遠くて写真ではぜんぜんわからないけど、
土砂と雪の混ざった細い流れが。
あんなのでも、くらったら怪我じゃ済まないだろうなあ・・。
あの下あたりが危険地帯なわけだね。

危険地帯のふもとから山は急激に傾斜を増し、壁のようにそそり立っている。
残雪はその粗面にかかる大きな白い梱包幕のようだ。

ぎりぎりまで行ってみますか。
それは是非、と
きつい登りをしばし。

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幕のふもと、安全と思われるぎりぎりのところで
リュックを下す。
季節をちょっと外れたせいか、ここまで来る登人などだれも居ない。

ぱしーん。かろん、ころろん。

どこからともなく絶えず、
遠雷のような乾いた音が響く。
落石である。
雪解けは山肌に緩みをもたらすのだ。
ところが、その方向に目を凝らしてみても、
動くものは発見できない。
反響で音源が特定しづらいこともある。

また、ぱしーん。
目を向ける。
でも視えない。
意外と小さいものでも、音だけは立派なのか、
あるいは、山の向こう斜面なのかも。

こんなに見晴らしがいいのに、
音だけ、というのはなかなか興味深い。
古杣(ふるそま)とか空木倒しとか天狗倒し?
あれは、大木の折れる音か。
でもそういう音系の妖怪って、
きっとこういうところからの創作なんだな。
正体は落石だとわかっていても、どこかに“不思議”は残る。
視えないのだから。
ほんとかな?と疑える自分がまだ居る。
そのわずかな心のゆとりにちょっとホッとする。

落ちる石を探すのはあきらめて珈琲を片手に
沈黙。

こつーん。ぱしーん。

それだけをいつまでも聴く。
で、時折、ポツリポツリと
とりとめもない話。
なんだかとてつもない贅沢をしているような気になってきた。

ああ、これはいつまでも居られるね。
まずいまずい。
これだけでご飯3杯いける、となってしまうくらい
深入りする前に
こういう場所に捉まる前に、
降りよう。降りたほうがいいね。
ちょうどカメラのバッテリーも底をついたし。

温泉行こう。
腹も減った。

身近、とはいえないまでも、
日帰りで、こんな居世界の風景に身をさらせることが
驚きだ。
こういう場所や時間の味わいをたくさん知っているなんて
サンペイ君、豊かな人なんだねえ。

どうもありがとう。
時々はこういう思いをするのは大事だな。
と、今更ながら強く思った一日。






















posted by 前川秀樹 at 11:53| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アン・オッドと夕餉

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mama!milk ライブ。
いつもながら、贅沢な時間を過ごさせていただいた。
さらに、今回はライブ前に、動画収録の時間があった。
定点カメラで一発撮り。
曲はアン・オッド。

観客は僕らだけ。贅沢プラス至福だった。
動画はたぶん近くyou tube で公開予定です。

アン・オッドは僕のリクエスト。
訳せばただ「唱歌」
不思議な曲だと思う。
僕はずっと
どこか国のトラディショナルだと
思っていた。
永い経年変化で角が取れ、丸くなってすべすべの手触りのような
なじんで耳慣れた曲
でもこれはお二人によって創作された曲。

聴くたび新しい風景がふわりと浮かんで、自然に脳内を旅できる曲。
それだけ懐が深いということなのだろう。

像刻展の作品たちとの空間的なコラボ、
というには舞台装置のしつらえが少々
物量不足気味なのは否めなかったけれど、
作品が前提というのとは違って、
言葉のやり取りだけの準備期間があって、
迎えたライブだったからか、
よりお二人の想像力が発揮され、
雰囲気の凝縮された良い時間だったようにも思える。

どうやら、恒例になりそうな雰囲気。
いらしてくださった方々。
お楽しみいただけましたか。
どうもありがとうございました。

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ライブ後はみんなで夕餉。
土器さんのごちそう。
簡単なものだけでね、っていってたのに、
あれあれ、次から次へと。なんだか十分豪勢なんですけど。
ごちそうさまです!
あ、でも土器さん写ってない。
写真右下隅のハイライトの吸殻の向こうあたりにいます。
この日の夕餉はマイノリティ達の宴。
これだけ人がいても不思議と話が割れない。
人の言葉を聞いてちょっとづつ積み上げていける会話というのは
単純なようで、実はそうそう出会えない貴重なものだ。
その行く先が楽しみになるような。

たいていは、
自分の言葉は誰にも受け取ってもらえず
誰かの言葉にはリアクションだけが返され
生きた言葉は返ってこない。
情報の投げ合いだけが延々と続くだけの時間が過ぎる。
誰かの独演会を聴く羽目になったり、
愚痴試合になったり、
そして
場にがらんどうの笑いだけがある。
こんなに空虚な時間はない。
だから僕はそういう匂いのする場所に極力近づかない。

だから、この夜にような味わい深い時間は貴重だ。
何カ月ぶりだろう。
楽しかったなあ。
まあ、ごちそうは時々だからいい、とも思う。
それなりの丁寧な蓄積が
会話を美味しく味わう下ごしらえだからね。

展覧会本番はまだ先なのに、
ちょっとすっきりしてしまっている
自分がいる。
いけないいけない、気を引き締めて
詰めの作業を始めないと。



posted by 前川秀樹 at 09:04| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月26日

ピクニック?

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不思議な顔合わせのピクニック?
ではなくて、この日は撮影。
これからの体力仕事に備えての腹ごしらえ。
図録のための最後の撮影です。
大きな作品なので、屋内での撮影は断念して、
ロケをやりました。
天気は快晴。
家から車で40分ほどのところにある、前方後円墳の上まで
えっちらおっちら重い3点の作品を運びあげる。
この場所を紹介してくださったノムラさんには教育委員会に許可まで取っていただいて。
撮影は関君。
お手伝いにいつもの滝下たっくんに
千恵と関君妻のミキさん。
もう、皆さんのお力拝借。
一人ではどうしようもないからね。
感謝です。

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丘の稜線に設置した3体。
じっと日没を待つ。
徐々に紺色に染まる空に浮かぶシルエット。

予想以上にいい写真が撮れた。
曇り空の怪しい空を想像していたのだけど、
これはこれで、すきっと澄んだ空気に浮かぶ影にしばし見入る。
写真の出来上がりが楽しみだなあ。
図録、充実したものになりそうですよ。



posted by 前川秀樹 at 18:39| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月20日

冬籠りの終了

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今日は進行中の図録の打ち合わせ。等など。

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とりあえずまず腹ごしらえ。

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私のは〜?
チャイの食欲は健在。
土器さんと関君の間をうろうろ。
後ろ足はへろへろのくせに良く歩く。
つくづくすごいお年寄りだなあ。

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さあさあ、やりましょう。
図録収録写真の掲載順決定ミーティングです。

ああ、なんだか人に会うことすらずいぶん久しぶりな気がする。
いや、実際久しぶりだ。
春一番も吹いたし、
いろいろといっぺんに動き始めた。
長かった冬籠りが終わりつつある。
長い缶詰だったなあ。
でも右手固まったまま戻らない。

さて、明日はママ・ミルクライブ。
その翌日は大きな作品のロケ撮影。
徐々にペースに慣れつつ復帰せねば。






posted by 前川秀樹 at 17:07| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月10日

mama!milk ライブチケット販売開始。

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Mama!milk special live

第6回前川秀樹像刻展・予告演奏会。

「Witchi's Portrait」

日時::3月21日(金・春分の日で祭日です)17:00開場 18:00開演
料金::3500円(ドリンク別)
出演::mama!milk


本日よりお申し込み開始です。
定員に達し次第販売終了です。
詳細 購入はこちら⇒★


★お申込み、定員のため3月1日時点で終了いたしました。ありがとうございました。


 5月本番の展覧会に先駆けての関連イベントとなりますが、
一足お先に、展覧会趣旨と今回のための作品をママ・ミルク
お二人に見ていただいき、イメージを膨らませていただいてのライブ、
ということになります。
会場構成など、どんなふうに展覧会の予兆をイメージとして
皆さんに伝えられるのか、現在画策中です。

僕のほうも作品は急ピッチで制作中で
現在あと一歩で、出品作品の全容が見えかけています。
図録など、色々と同時進行ですが
今回はなかなか刺激的なものに育ちそうな予感がしています。
ライブの時には制作もめどがついて、
僕自身も観客として、心に余裕を持ってお二人の奏でる
世界にとっぷりと浸りたいものです。

みなさん、是非こぞってご参加ください。
会場でお会いしましょう。


posted by 前川秀樹 at 20:08| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月09日

真っ白カーニバル。

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昨日一日中降って、そのまま一晩中降り続いて。
めったにこんなことはないから、
明日には一体どんな非日常の風景が、、、。
と、ちょっと楽しみにしていた。
正直テレビでやってる、よそ事みたいに思っていたころもありました(懐)
しかし、今朝の風景は予想をはるかに超えてしまっていた。
雪景色、とかいうレベルじゃなくて、
これは軽く“被災”なのでは・・・。

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うわー、車を掘りださなきゃ。

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車の後ろ姿もなんか氣志團みたいになっちゃってるよ。
さぞやワンナイトカーニバル、だったんでしょうなあ。

とりあえず、このまま今日の夜に凍結することだけは
避けたいので、今日のうちに車の脱出路を雪かきにて確保。
あの便利なプラスチックのスコップなんてないから、
大きい塵取りで、えっさほいさ。
うう、腰がいたい。
今日から新しく彫ろうと思っていた木も全部埋もれてしまって、
アトリエまでの搬路は到底無理。
庭の楠もヤマモモも太い枝がへし折られ無残な姿に。
しかたがない、今日は別の作業をしよう。

まあ、太陽が出ればそのうちなんとかなるだろうし。
しかし、雪国にお住まいの方はこれを毎日、
しかも遅い春までこれが続くんだから頭が下がる。
こんなので被災とかぬかしてると鼻で笑われちゃうよ。

今日は日曜日だったせいもあって、
ご近所の人たちがそれぞれ出てきて、
みんなで雪をかいて、
いやあ、大変だねえ、なんて。
そんなのもまた珍しかったから、

いろいろと非日常の景色、
と言えなくもなかったかな。

出来ればもうカーニバルはほどほどにしてほしいけど。






posted by 前川秀樹 at 18:20| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月25日

プロの仕立て。

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 眼鏡を初めて掛けるようになってから3年になる。
とはいえ仕事中は今も掛けない。
近くは比較的まだ見えるので、
手元を見るのは出来るだけ裸眼のままでいたいからだ。
しかし、目は脳の一部だという話も聞く。
ということは眼鏡は脳を助ける道具ということになる。
現状、自分には裸眼が一番、というのももしかしたら、
頑固な思い込みかもしれない。
今の自分の脳にとって本当に良い道具を知らないだけかもしれない。
というわけで今日は朝から
“良い眼鏡”
を求めて、千葉まで出かけてきた。

その、大きくはない眼鏡屋さんの評判は、年末に一緒に山登りをしたサンペイ君
から聞かされた。
彼はいくつもの眼鏡を、脳の求めに応じて付け替える、
いわば眼鏡という道具の達人なのだ、と
今日、その眼鏡屋のご主人から改めて聞いた。

眼鏡屋のご店主は認定眼鏡士の資格を有している。
ちょっと学者然とした雰囲気のこのご店主の言葉づかいは丁寧だ。
マンツーマンの事細かい問診。独自の眼鏡論から
目前の脳の求めるところを探る、独特の質問。
診断が進むうち、
だんだんと、自分の殻が外されてゆくのがわかる。
と同時に自分にだけカスタマイズされた、
道具の青写真が組み上がってゆく。
そして不思議なことにそれが今、自分にとても必要な
大切な道具なのだと、感じられるようになってくる。

いつの間にか、最初に考えていた、
ぼやけた視界がくっきり見えればいい。
そんな程度の意識はなんだか気恥ずかしく思えてきた。
そうか、その程度では、道具を使えている、とさえいわないのか。

そうだ、自分に合った大事な道具というものは、本来、
こうやってその道のプロフェッショナルが
丁寧に仕立て、指南してくれるものなのだ。
医者でも最近ではこうはいかない。

結局じっくり2時間。ここから出来上がりまでさらに10日。
店を出るとき、自分の日常の輪郭がくっきりと洗い出されたみたいで
不思議な気持ちになった。

ところで、認定眼鏡士という資格は
公益社団法人 日本眼鏡技術者協会の定めるマイスターの資格であって、
国家資格ではないらしい。

日本は脳と目の関係の研究において非常に先駆的であるらしい、
にもかかわらず、
世界中でそれが国家資格でないのは、日本と北朝鮮など、ごくわずかしか無いのだそうだ。
驚きだ。大切な職人がわが国では冷遇されている。
現在、国家資格化に向けての活動が盛んなのだそうだ。
身につける道具を作る、という技術は、医術の延長、身外の医術といってもいいように思う。
道具を身につける側からすると、
信頼をどこに求めるかの基準はあってほしい。

確か、僕らが子供のころ、同級生が眼科医の診断書をもって
親と眼鏡屋に行っていた。
それが、いつの間にか、コンタクトも眼鏡も安価になりネットでも
誰でもが気軽に購入できる手軽な商品アイテムとしての顔を持ち始めた。
なるほど、
国家資格という名実ともにプロフェッショナルとして
墨付き看板成立への壁とはつまり
そういった業界の大人の事情のことなのだろう。
確かに、2千円の眼鏡も10万円の眼鏡も、眼鏡は眼鏡だ。
消費者に選択の幅があることはいいことなのかもしれない。

けれど、その幅の中から最適を選びとる。
そのこと自体が今、至難の業と言わざるを得ない。
それとこれとの違いが分からず、
ともすれば選択肢の海で溺れそうになる中
危険や適性を正しく選りわけてくれる専門家の存在は大変ありがたい。
自分と相性の合う良い専門家との出会いはさらに縁としか言いようがない。
今日のようないい出会い方は非常に稀で、
それは幸せなことだ。

僕も達人にはなれなくても、せめてちゃんと道具を“使える”ようにはなりたい。
届くのが楽しみだ。






 
posted by 前川秀樹 at 18:51| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月17日

震災から翔ぶ少女へ。

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 19年前の早朝 僕は住んでいた埼玉の家にいて、
当時、愛知にいた従兄からの電話でたたき起こされた。
「兄ちゃん、すぐテレビ付けて!」

まだ映像は不十分だったが、自分の生まれ故郷で
とんでもない事が起こっていることだけはわかった。

すぐに実家に電話。
つながった。
幸い、親類縁者の無事はそのたった一本の電話で確認できた。
しかし結局つながったのはその一本だけで、
あとは、間もなく長い不通となった。

徐々にテレビの映像が増えるにつれ
上空から見る見知った町、というか集落の無残に崩れ落ちた屋根や
がれきの様子がわかってきた。
家や道の境界線ががれきで埋め尽くされ、
全体に不思議に輪郭のぼやけた地面の上を
所在なく歩き立ち尽くす、ゴマ粒のような住民の姿があった。
あのぼやけた住処の中に、その映像を見ている瞬間にも
逃げ遅れ、生死をさまよう人がいたのかもしれない。

神戸の火の海、そして息絶えた大蛇のように
ぐにゃりと横たわる阪神高速道路の映像のインパクトはすさまじく
まるで近未来SF映画のように見えた。
遠くで画面からそれを見る僕は
どうにかそれをリアルに実感しようと
心を向こうに寄せてみたが
揺れを体験していない自分は
なかなかその実感というものがわかず
これは今、本当に起こっていること、と何度も言葉で確認した。
それでも、気を抜くと、どこか遠くの話のように思えてきて、
ほの暗い罪悪感と奇妙に激しい焦燥感に駆られたことを今も思い出す。

昨今、震災といえば東北のことだが、
関西ではそれをすっかり上書きするほどのリアリティは薄く、
震災といえば未だに19年前のそれをさす。

その時の神戸を舞台にした新刊小説本が、ポプラ社から出版され
本日、本屋の店先に並んだ。

  原田マハさんの小説「翔ぶ少女」だ。

原田さんは幸いその瞬間を免れたが以前住んでいた家は燃えた。

その御縁というわけではなかったが
像の姿と小説のイメージとが良く合うと気に入っていただいたのがきっかけで
今回、僕のちょっと前の像刻作品「ケルビム」が表紙に起用された。

手元にある本、ちょっと息を整えて読みたいと思いつつ未だ未読だ。
原田さんのことなので、きっと、そこからとにかく前を向き
力強く飛び立つ少女の生きざまがファンタジーを交えてつづられていて、
カタルシス後の復活の爽快感を味わわせてくれるに違いない。
元気になれるだろう。

いずれにしろ、僕にとっては、あの時に思いをはせる道しるべの一つになるかもしれない。
そうだ、今日から読もう。



posted by 前川秀樹 at 13:38| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月27日

二匹居る。

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犬2匹目始めました。
ではなくて、小さいほうは千恵の実家から
訳あって預かっている。
トイプードルの小太郎である。
チャイは高齢でぽーっとしているので、
家の中に小さいのが一匹増えたところで
まったく関心を示すそぶりはないが、
こちらは4歳と若いので、
もう四六時中ちょろちょろちょろちょろ。

そして、小太郎は僕にだけ吠える。
千恵には吠えたことは一度もない。
僕が仕事を終えて階段を上がってくると2階から
ぎゃぎゃぎゃぎゃーん。
夜、トイレに起きると
ぎゃぎゃおーん!

おまけに雄のマーキング習性のためか、
隙を見つけてはチャイの昼寝布団にたびたび小用を足す。
その時には決まって忍び足でこっそりと。
それでいてその後、素知らぬ顔で僕の膝にひょいと乗って、
うるうるつぶらな眼で、撫でてとせがむ。
それがまた可愛らしいからたちが悪い。

ひと月あまり前、家に来た時には、
こいつ、しっかりしつけてやるからな。
覚悟しろ。
と心に決めていたのに、
上手に飴と鞭を使い分けているのは
今では犬のほうだ。

バトルは年越しでまだまだ続きそうだ。
新年の目標一つ目は、
小太郎に勝つ。





posted by 前川秀樹 at 17:11| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月26日

ジングウベル。

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12月24日
アトリエのラジオからはひっきりなしのクリスマスソング。
世間のクリスマス高濃度からちょっとのがれて
香取神宮に今年最後のお水とりに向かう。

境内にはクリスマスリースが!?
おおお、こんなところまで。
まあ、そんなわけはなく、
大祓の茅の輪だった。

いや、まてよ。
日本は広いしなんだって祀ってしまう。
どこかにサンタクロースをひそかに祀る神社とかないのかな。

 三田村 弐個羅臼神社とか。

年末の例大祭は大白髭男祭と呼ばれる。
中世より続く秘祭である。
大白髭男祭では、深夜、
鹿の角を頭に付けたふんどし姿の
村の若衆の厳かな詠唱が続く。
しゃんしゃん、しゃんしゃん・・・。
彼らが担ぐのは橇神輿である。
橇神輿の上にはその年還暦を迎えた恰幅の良い男性が
真っ赤な羽織で静かに鎮座している。
髭男役は一生に一度の晴れ姿である。
今年の髭男、山田宇吉郎さんの赤ら顔もまことに晴れやかだ。

しゃんしゃんしゃん、ほっほっほーう・・・・。

橇神輿は深夜、村中を練り歩く
子供は決してみてはならない。
髭男役は橇神輿に山と積まれた餅を村中にばらまきながら
ついには弐個羅臼神社へのきつい上り坂の参道を登る。
参道は5万本の松明でライトアップ。
両脇に広がるうっそうとした杉林の暗がりには
手を取り合いそっと見守る数多の若いカップルがひしめく。

境内にしつらえられた杉の巨木に松明が灯され、
師走の夜空を火の粉が照らす。
それを合図に境内を埋め尽くす氏子たちが一斉にときの声を上げる
ジングウベル!きっと君は来ない!らすとくりすます!
例大祭のクライマックスである。


 
そんなくだららぬ妄想をしながら茅の輪をくぐり二礼二拍手。
ちと不遜だったろうか。
まあ、いいか。
お水もいただいた。
来週はもう来年である。



posted by 前川秀樹 at 20:38| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

御山に詣でる その2

狛犬というのは日本独自の空想獣だ。
平安時代にオリエントに源流をもつ“獅子”が大陸から伝えられ、
狛犬と混ざり合ったものが獅子狛犬(のちに略称で狛犬)と呼ばれる。
僕らにおなじみの神社の狛犬のルーツはざっくりそういうものだそうだが
江戸時代になって、都から遠く離れた地方の神社で
独特の進化を遂げたユニークな狛犬が、作られ始めた。
そして今もひっそりと、
社を守っている。
そこには実に驚くべき造形の宝庫がある。
そのことをあらためて認識するきっかけとなったのが
この本。

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なんという豊富なバリエーション。

地方の石工が
大陸から渡ってきた宮中の(最初は木製だった)
獅子など見られるわけもない。
しかし、神社の山門が作られるようになってから
そこに置かれる守護獣として左右一対の石の狛犬の需要が出てきた。

見たこともないものを作る。
おそらく伝聞で伝わった狛犬の形象は
様々な主観の入り混じった劣化したコピーのようなものだったに違いない。
しかしそのボケたピントは、
逆に石工たちの創作魂に火をつけた。
テキストが無い、ということを逆手に取って
旺盛な想像力と鍛えられた職人の表現力が自在にあばれまわった。
本の著者によると、以外にもそのヴァリエーションと表現の最盛期は
大正から昭和戦前にかけてだという。
意外に新しい。
しかしながら、残念なことに現在、こんなものは国内ではまず生まれてこない。
パターン化されたカタログ狛犬が中国で作られるのみだ。
石工は居るのだから、現代の技術と職能が芸術家としての自在な表現へと
スライドしてもおかしくはないようなものだが。
生まれてこない理由として
まず需要がないこと。
それと、知ってしまった人間の悲しさとでもいおうか、
スポンサーも職人も氏子も参拝者も。
テキスト過多はオリジナリティの息の根を断った。

本のページをめくるたび、思わず噴き出しそうになるものも多い。
これじゃ守護職失格だろう。
なんで首びょーんて長いのこれ・・・。
これは、脱糞直前の犬だよなあ。
 
飽きない。
とはいえ、どれも今は昔である。

そんな狛犬造形でもちょっと変わり種が
狼狛犬である。
秩父は言わずと知れた狼信仰の残る土地。
山は山の神様のもので、狼はその使い。
狛犬は基本、神のガードマンであるが
狼は使いだからさしずめ山神の秘書か使徒といったところか。
この微妙な違いがみそである。
また、狼そのものが神の化身とされることもある。
両神神社もまた例外ではない。
山頂の両神神社本社には立派に苔むした2体が静かに参拝者を迎えていた。

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これは雄らしい、欠けているが立派なシンボルが付いている。
稲荷と違うのは、牙と細いのっぺりした尾、それとあばら骨だ。
その3条件はクリアしつつ、
本物のオオカミや犬にそっくりでは化身らしくない。
ここにもディフォルメ、象徴化の作り手の工夫がある。
ふと思ったが、いくつか見てきた狼狛犬には、相手を威圧してやろうとか、
噛み殺すぞ、といった気迫よりも、
どこか愛嬌を感じるものが多いように思う。

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じゃあこっちが雌なんだな。

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なるほど、険しい登りの果てにこれがあるから余計に
風情があるんだなあ。恐いという感じはあまりないが
執拗に刻まれたずらりと並ぶとがった刃に
なかなかの迫力を感じる。
ともあれここまで来ないと出会えないものなので
見られてよかった。

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山を下りて登山口にある里宮で
お札を譲っていただく。
ここも今は無人で、隣り合った一軒だけの民宿のおばあちゃんに
お金を預けて、わざわざ出していただいた。
この木版も一体いつ作られた版木なんだろか。
なかなか達者なデザインである。
それぞれの神社で、姿もいろいろなので、これも集めるのが楽しい。
狼は、火事 盗人よけ、四足というのはシカやサル猪などの害獣のことなのだろう。

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で、こちらは三峰神社奥の宮のもの、
表情も分からないほど風化の進んだものは、社の奥のほうにひとまとめに。
なんだか、寄り集まってひそひそ話をしてるようだ。

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ちなみにこちらは三峰本社の多彩な狼狛犬。

さらに山を降りる。

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これは秩父市街にやや近い、平地に立つ椋神社。
新しいが堂々としていて大きい。首の巻き毛がキュートだ

石造り、素朴、山の上、そういう条件で風雨に耐えるこういった
幻獣の姿をみると、
ヨーロッパのロマネスク修道院の柱頭彫刻を思い出す。
時代はもちろんロマネスクのほうがずっと古い。
けれども、需要にこたえようと頑張ってきた石工職人たち
にスポンサーから提示されたオーダーの中身は、
その不鮮明さにおいて、中世も近世になっても
さほど変わらなかったのではないかと推測できる。
なぞるお手本がない、という点も。
職人の苦悩と試行錯誤と想像力の余地が残された時代の
造形物が僕らの貧弱な造形感覚に喝を入れてくる。
長い長い時を経てなお、鬼気迫る不気味さだったり、
思わずぷっと笑いを取り続けられるものなんて
そうそう作れるものじゃない。


民宿近くまで下山してきたときに、

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「あ、前川さん、犬ですよ!」

と前を指すサンペイ君。おお、ここにきて山犬が!?
と思ってみたらば、先ほどの痩せた狛犬とは似ても似つかない
たっぷりむちむちした白犬。
いくら冬だからってこれは太りすぎだろう。
あとからから登ってきた民宿のおじいさんらしき人の飼い犬らしい。
そのゆとりある体駆にもかかわらず足取りは軽い。
おじいさんの10メートルほど先で止まって、待ち、また歩き出す。

この子いくつですか?
17歳だ。
はあ!?

なんと驚くことに2年ほど前まで登山客に合わせて、山頂まで
先導役をやっていたそうだ。毎日のように一日2回も。
なんとな!
とっさにフグみたいなんて思って申し訳ありませんでした。

先ほどから吠えていたのはこのポチですか?
いや、もう一匹、ぽんちゃんつうのが居るんだ。
そっちは現役だ。吠えてたのはたぶん畑に来たカモシカを追ってるんだ。

なるほど、生きた守護獣であり道案内。
言葉なきシェルパ。


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で、こちらがぽんちゃん。と、
現役・・・って。
こっちもむちむちもふもふだあ。。。。

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ポチ、おかえりー。


二匹から、御山の恐ろしさや厳しさは全く伝わってこないけど、
この人懐こさも犬科の動物のもう一つの側面なんだなあと感じる。

だから、狼も犬も、たぶんものすごく古くから
御山と人里の両方の境界をまたぐ存在だったのだろう。
ああ、だからこそ得られた使徒の資格なのか。
こちら側の使いでもあったわけだ。

境界線。
ふと、その日歩いた細い尾根道の形と
痩せた狼の突き出た背骨イメージが重なる。

厳しさと愛嬌。
狼狛犬はその両面が表されていることが大事なんだな。
やっと少しだけ、作り手の視点を現実的にとらえられた気がした。
今度からはそういう視点でまた次の狼を探してみよう。




















posted by 前川秀樹 at 17:59| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月16日

御山に詣でる その1

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11月の初旬のルビジノでのことだったか。
虫シーズンも終わりだ、運動不足だ、と
ウジウジ呟いていたら、

「じゃあ、妙法ケ岳あたりどうですか?」

と、思いがけない言葉をかけてくれたのが、
ルビジノ常連で孤高のベテランクライマー、サンペイ君。
妙法ケ岳って?ああ、三峰神社の奥の院!
え?連れてってくれんの?行きたいなあ。でもなあちょっと体力に自信が・・・。

「僕も行ったことはないですが、
1時間ちょっとの行程みたいですよ。大丈夫ですよ、行きましょう。」

えー、大丈夫かなあ・・・いつ?

「来月あたり、半ば過ぎかな?」

なに? 来週、とか言うのかと思ったら、そりゃずいぶん先だね。
でも、そうだった、彼は冬の単独登山をこよなく愛する人だった。
なるほど、彼の美学として、
あえて山の雪化粧を待ってるんだな。

そんなやり取りがあった。

結局それから一月あまりで計画はちょっと拡大した。
もうひとつ目指す山を追加しましょう。
一泊で温泉と獅子鍋も追加で。
お、なんかいいぞ。
無謀にもオプション追加をオーダーしたのは僕のほうだったんだけど。
サンペイ君から服装なんかの細かいアドバイスを受け、
山の専門店で、自分に合う靴をまず購入。
おお、しっくりくる。

ちょうど打ち合わせもあったので、
とりあえずこれで東京に行ってみよう、と思い立ち
表参道の駅の長い階段を上る。
なるほど、これは全然違う。
なんでも専門の道具ってのは心強い。いいものだ。
夏山を長靴でぱかぱか徘徊していたのがうそのようだ。
なんだか靴だけでわけのわからない万能感がみなぎってくる。

シャツやら靴下やらもちょっとずつ買いそろえ
ニマニマながらあっという間に一か月が過ぎた。

で、行ってきた。再び秩父まで。
目指すは両神山、標高1723メートル。
朝7時登頂開始。
登山計画、宿の手配、装備の準備、シェルパ役。脚のの使い方や朝の食事の取り方。
すべてサンペイ君にお任せの安心パック。
うーん、何事も導いてくれる経験者というのは大変にありがたい。

当日は晴天。
山眠る、とはよく言ったもので、
日の差さない深い谷筋、
カラカラに乾燥しているのに、全体に凍っている。
色彩に乏しくすっかり見通しの良くなった
険しい谷を、ただひたすら、右、左、右、左、
体重を移動しながら足だけを動かす
その繰り返し。ただひたすら。

ああ、これは、あれだ、木を彫るのと似てる
単調な繰り返しに見えて、その実、同じ場面はなくて、
頭の中は、いろんな思考が流れて消えてゆく。
思索にはもってこいだ。
もっとも僕の場合、思索というより、
妄想や雑念を遊ぶ、と言ったほうが正確だけど。

ゆっくりペースをキープしてくれるので、
心拍数が上がりすぎずに、ずっと繰り返せる。
それだけのことが思いのほか楽しい。

余裕が少しできると、周りにいろんなものが見えてくる。

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沢をずっと下に見て。

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サンペイ君の向こうに、巨人が頭を下にして倒れている。

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正体は苔むしたセンノキの倒木だろうけど、
迫力のある遺骸を思わせる不思議な眺めだ。

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雪景色には早かったけど、降った雪は解けずに残ってた。

が、さすがに行程半ばを過ぎ、膝が、膝が。
行程になだらかな尾根道というのがほぼ無い。
緩やかな登り、急な登り、最後は鎖場を多数含むとても急な登り。
ぬう、自分で言い出したとはいえ、
これは、なんというか、大丈夫なのか?自分。

「だから言ったじゃないですか、ハイキングじゃなくて両神はちゃんとした登山ですよって(笑)」

まったくその通りだ。やっとわかった。
標高差1000メートルを4キロの道のりで詰めるというのは
こういう事なのだろう。

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鎖場を降りるサンペイ君。うう、すごい。その荷を背負ってなおなんと身軽な。
僕なんて、デイパック一つでひいひいなのに。

それでもまあ、右左、右左、とやっているうちに、やがて尾根が見え、
ひとつ岩を越え二つ越えしているうちに、
人工物が見えた。鳥居だ。
目的地の神社に到着。
とたんに凍えるような風が吹きつける。
北の方角に北アルプスの真っ白な峰々がのぞく。
気温マイナス2℃
ここまで約3時間半
ああ、でもなんとか来られた、僕でも。

両神神社奥の宮である。

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こんなところまで神主さんや氏子さんが来るの?
こんな思いして、マジで?
信仰とはすごいものだ。
ちょっと信じられないところにちゃんとした祠が、静かに立っていた。
修験道の奥の宮としては比較的里から近い、といわれるが、
いやいや、僕にはとてもそうには思えない。

異界だと思う。
切り立った斜面にへばりつくような、
わずかな人の踏み跡をたどってくるうち、
とんでもなく深いところまで迷い来てしまった。
そんな感だけがある。

お決まりの大口真神、オオカミの狛犬がじっと、
最後の石段を見下ろしている。
これが見たかった。
ここから少し細尾根を行けば剣が峰という最標高地点らしいが
風が強くなってきたので
そこはあきらめて、降りることにする。
今日はここで十分。がんばりました。
いや、おかげさんです。

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途中の山小屋の裏。
哲学者の椅子がぽつんと。
いや、数学者の椅子ほうがぴったりかな。

さあ、下ろう。
気温は一日中ほぼ0℃だったけど、汗だくだ。
ビギナーとしては、やりきった感たっぷり。
さあ、降りて温泉だ。
それでもって猪鍋だ。
ひゃっほう。


翌日である。
予想通り腿がぱんぱんに張っている。
腿の筋肉が削る前の鰹節みたいだ。
でもまあ、大丈夫。
予定通り、三峰行きましょう
両神に比べれば、まあ3分の一以下の大変さだそうなので。

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でもさあ・・・。
あの岩山がそうでしょう?登れんの?あんなのに。
三峰神社の遥拝殿から望む、妙法ケ岳山頂。

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幸い心配は杞憂に。
割とすぐに尾根に出て、右左すっとーんと谷底へ落ちてゆくような
細い道をたどって歩くコース。
なるほど、尾根ってのは気持ちのいいものだ。
見晴らしもよくて、気持ちがすうっと晴れてゆくようだ。
あちらとこちらの境界線上を進む、という特別感もいい。

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最後にちょっと急な鎖場があったけど、
無難に到着。
本当に岩山の先っちょに祠がある。
ここが三峰の奥の宮。
突き出た鹿の角みたいな枯れ木をすり抜ける風の音
それ以外、音がない。
ここでも、主役はこの枯れ枝や、崩れてゆく岩山のほうであって、
自分が異物だ、と思える。
埋没するように、静かに息を整える。
静かにただ“居る”ことがこの聖地の作法かもしれないなあ。

両神も三峰も、古くから山岳信仰の山であり、
雨乞い信仰、山岳崇拝にはじまって、中世には修験道
近世になって、有名な狼の講中登山、と対象は移り変わっても
長きにわたって清められてきた場所には違いない。

そんなことを思いながら、
サンペイ君の沸かしてくれたほうじ茶を飲む。
いろいろありがとう。

やあ、来てよかった。
虫取りとは全く違う目的で入る御山もいいものだ。
正直に言うと、
僕は山も海も、なにがしかの収穫あってこそ楽しいもんだろう。
と思っていた。
ただ登るだけなんて、何が楽しいんだろう。
なんて思っていたのに、

里に下りてから遠くに峰を見て、
あそこに自分の足で行ってきたんだなあ。
と振り返るだけで、なんとも誇らしくなるものだ。
あと、ちょっとした自信と。

さて、病みつくや、つかざるや。


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オマケ。牡丹鍋はかくあるべし。
赤みそ仕立て。ちょっと濃い味付けだったけど
なかなかうまかった。



 

















posted by 前川秀樹 at 09:17| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月15日

こんな大人の外遊び

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「スズキさん、近々釣りの予定はないですか?」
「ああ、来月行くつもりだけど。」
「あ、それ一緒に連れてってください。」

9月の末のこと、いつものプール教室でそんなやり取りがあった。
山も終わりだし、狩猟本能がうずいて仕方がない。
うーん外で遊びたい。アトリエから出たい。
よし、海に行こう。
まずはプールで、さりげなくベテランのスズキさんを釣る。
しめしめ。
スズキさんには、時々誘っていただいている。
連れて行っていただいた僕の最初の海釣りが、 これ

10月初めのころ、
今回は、銚子沖でハナダイを狙いましょう。
ということで、夜中の2時起き。
出港は早朝5時。


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漁火と、船のエンジン音の響く岸壁。
後は出港を待つのみ。
なんだか旅行で遠くにきたみたい。


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夜も明けて外海にしては本日、波もまあまあおだやか。
漁場までは1時間弱。
初めてのハナダイなので、船長とスズキさんに要領をご教授願う。


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えさはこれ。文字通りエビで鯛を釣る。


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釣り船って本当に機能的にできていて、足元はすっきり。
腰掛けや細かいものを置く棚も、それぞれのえさ桶と魚桶には、
パイプから水がこまめに供給される。


ポーン。
船長のブザーの合図で、右舷、左舷、一斉におもり投下。
着底を確認したら、すぐさま根がかりしないように、糸を張る、
竿を上げ下げして、エビの活のよさを鯛に目いっぱいアピール。
どうだ、ほれ、うまそうだろう。
ここが腕。
ほどなくして、びくびくっとアタリがあったら、ぐっっと合わせて
あとは引き揚げるだけ。

竿やシカケの扱いも、それほど複雑ではないし、
このハナダイ。なかなか大食漢にして獰猛のようで、
引きも強く手ごたえも十分。
つまり、ビギナー向けの釣りかもしれない。

素人の僕でも次々釣れる。

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一服中のスズキさん。
最近延ばし始めた髭のせいで
海人、山男、どちらにも見える風貌をしているです。

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スズキさんのクーラーボックス。
えさ盗り名人のウマヅラカワハギやカワハギを着実に針にかけられるのは、
腕のある証拠。僕は1尾しか釣れなかった。
奴らに気前よくエビをふるまったようなものだ。
ときどき、ハナダイ以外のものもかかってくるのがまた、
アクセントが効いていて面白い。
どれも立派で外道、と呼ぶのが申し訳ない感じがする。
ウマヅラカワハギ、イナダ、カンパチ、サバ etc,

気がつくと、すっかり日は高くなっていた。
お昼に船は港に帰る。
夢中になりすぎて、時間はあっという間に過ぎる。
途中で、ちょっとだけたばこ休憩と小腹休憩を取ったけど、
あとは、もうひたすら竿の上げ下げ。
おもりの感触で海底の地形を想像して、
えさの降りてきたときの魚の興奮を思い描いて。
そそるエビの動き方を工夫して。
それが楽しいんだな、たぶん。
狩猟本能が満たされる、というのは単なる収穫の興奮だけじゃなくて、
自然を相手にして、想像力と労働と結果の微妙なバランスの上に成り立ってる。

うーん、これは中毒になりそうだなあ。


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さて、大漁でした、と。
でも、まだ終わらない。
きちんと食べるまでが狩猟ですから。
ここからが大変。今日中に終わらせないと痛むから。
一尾一尾、鱗とわたとえらを取って、
3枚におろして、が延々・・。
まだ終わらない。
ああ、痛たた、今頃になって日ごろ苦しんでる40肩の痛みが、腰が・・・。
海の上ではなんともないのになあ、不思議だ。
御近所に配って。
でもまだある。

鯛飯に塩焼きに酢漬け、刺身にあら汁。後は冷凍。
魚にあった料理法もほかの釣り客の方やスズキさんに伝授願う。
行く数日前にヤマダ電気で購入した魚焼き器は大活躍。

食欲も満たされた。
どれも確かにおいしかったけど、
でも、とうぶん、食卓に魚はいいかな。

とはいえ狩りは楽し、また行きたいなあ。
スズキさん、また機会があったらお願いします。
























posted by 前川秀樹 at 20:05| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月26日

淡路木偶 4th

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先週末のこと。
実家のある淡路島での木偶講座。
いつの間にか今回で第4回となりました。
一般公募はせず、両親の知り合いやその御縁のかたがたではじめた
すごくローカル&内輪の集まりなのだけど、
そのリラックス感もあってか、出来てくる作品のなんとも伸びやかなこと。
毎度、そのクオリティ、あなどりがたし、なのです。

進め方は東京のそれとまったく同じ。
材料となるのはその場所で用意できるもの、と決めている。
今回は、ヤマモモの枝。

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参加者も今回は両日ともに24人、
これまでの淡路出張版では、一番多い。
その方々が一か所にまとまって、という広い場所はないので、
あちこちに散らばって、お好きなところでどうぞ、という感じ。

自然、すさまじいペチャクチャゾーンもできる。
ほら、そこは関西なんですよ。やっぱり。
かと思えば、対照的に、全員座禅中?かと思うほどの極度の集中ゾーンもできる。

まあ、それぞれスタイルはご自分に合ったもので。

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ほとんどの方々が一つの作品に二日間を費やし、しかも
伐採してからの時間は短かったので、
水分は大目だったから今回は木が軟らかかった。
そのせいか、彫りは好く進んだようです。
顔もさることながら、足の表情がとてもいいのがいくつも見られました。

それでは、傑作群ををご覧あれ。

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おしりがかわいい、愛犬のジュリーだそう。
その沢田研二似の犬がいかに男前か、との彫りながらの熱い語りは笑えた。
手前のはキリン、ちゃんと四足で立つ。よくこんな枝あったものです。

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馬のような龍のような、ヤガラのような。飛行中の航空機のごとき勢いがあるのです。

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青い馬。正面から見ると、遠近法で向こうの足が小さい。でもうまく説明できない。

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色がついて、ぐん、とかわいくなった。姪っ子さんがモデルですって。
後ろの青い作品は足がよく出来てる。

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このあたりは、濃厚ゾーンです。
なんか全員傾いて風にそよぎながら互いに主張しまくっています。

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これも両方とも印象に強く残るタイプ。一方は寡黙ですが無言で押してくる圧力があります。
もう一方は、どこの民族造形?といった不気味さとユニークさの両方が漂ってます。
奥の天馬もどこかバリっぽいのです。来年の干支だからか
馬のモティーフがとても多かった。

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さて、左の眼の大きい作品、僕は軽く衝撃を受けました。
なんでしょう、これ? 気持ち悪いのかかわいいのか、とにかく系統が読めません。
生き物の分類で言うなら、一属一科の種、的な特異さです。
ティム・バートンの描くキャラを思い出しました。
右のブルーラビットも大きくてとにかく堂々としてます。
キャラが立ってる。


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今回の講座は両日とも雨模様。寒い。コンディションはとにかく悪かった。
おお、さわやかな秋空いずこ。
それでも背中を丸めつつも、
みなさん、思いっきりのびのび彫ってくれました。
全体に作品も大ぶりです。
でも僕はすっかり腰を痛めてしまいました。
寒かったー。

それにしても毎回、笑いも絶えない淡路木偶。
一度まとめて展示会ができるといいなあ。
過去の名作をまた見たいものです。

淡路のみなさん、ご参加ありがとうございました。
また来年。
次回もお会いできるのを楽しみにしています。


























posted by 前川秀樹 at 19:47| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月09日

北へ逃げろ 3

今日は山を下って峠を越えて
あの岬に行く日。
別に決まってないけど、まあ、そんな感じの日。


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途中、道の駅的なところで、農家の方々が市をやってた。
ああ、今日は日曜日なのか。
のどが渇いたからちょっと立ち寄る。
でも御茶とかジュースって感じじゃないなあ。

かごに盛りほうだいでリンゴ300円。
安!美味しそう。
あー、でも一人なので、少しだけほしいんだけど、
といって、立ち去ろうとしたら、
おばちゃんが追いかけてきてくれて、
あげるよ、と二つ握らせてくれた。
うわ、ありがとう、おばちゃん。
じゃあそっちの水気の少なそうな西洋ナシ買います。
あー、また荷物増えた。

運転しながら皮ごとリンゴをかじる。
リンゴは小さいけど、これもまた、ぎゅっと酸っぱい
味リンゴ。朝摘みだから、みずみずしい。
これはいい。
おばちゃん、ごちそうさまっす。

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おまえはどうせ、梨とか林檎とか食わんのだろう?
寄ってきてもなにもないよ。

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山道につぶれる青い虫。なんだこれは?としげしげ見ると
センチコガネ?なに?このへんのは青いのか? 
センチコガネは、動物のフンさえあればどこにでもいる甲虫だけど、
北海道のは経験上茶色っぽいメタリックだとばかり思っていた。
それにしてもこれははじめてみる色の個体だ。
えー、生きたのがほしい!

紅葉の始まる季節、昆虫の姿はあきらめていた。
実際、林道に踏み入れても姿なんてさっぱり。
でも、ちょっと気温が上がってくると、
アスファルトの上を結構うろうろする影が。
ゆっくりと流す車の窓から路面上の動く突起物を見つけると、
過ぎたところで速やかに路肩に停止。
前後を確認して、車を降り、駆けつけ確認する。
目が慣れてくるとこれがなかなか確率が高い
名付けて。流し採り。
路肩が広く交通量が極めて少ない
北海道限定の採集方法である。
というのはでたらめで、
注意力が前方路面に偏ってしまうので
やはり危険なのでやめておいたほうがいいと思う。

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キタマイマイカブリ。
胸の部分が特殊な色。これもご当地色かなあ。

結局こまめに停車し、確認しながら摘んでいった成果がこれ。


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んー、青だけじゃなくこのあたりのセンチコガネは
バリエーション豊か。
再びため息。
思わぬ収穫があった。

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そんな寄り道だらけの道中故、
昼すぎになってやっと海に出る。
そこからさらに海岸沿いに西へ。
この道を通るのは4年ぶりくらい。

駐車場に止めて、ちょっと歩く。
歩行者用の狭い穴倉のようなトンネルを抜けると広がる。
積丹ブルーと呼ばれるのがこれ。

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ほんとに青い。
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絶景と言わざるを得ない。
そのまま筆をどぼんと突っ込んで、
カンバスに写し取りたくなる。
あの岩で筆をしごいて、
余分な青を落として。と
ああ、気持ちがすーっと澄んで行く。

ふと小道に目を落とすと、
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エゾシマリス。
樹上よりも地上性だそうだ。これはかわいらしい。ちっちゃいなあ。
あ、お前の尻尾が筆にちょうどいい。
ちょっと貸して。

たいていの観光客はここまで。
一度駐車場に戻り、別の遊歩道を進んだところに
僕のお気に入りの場所がある。

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絵になる岬の細道。
ススキの向こうに

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ライトハウス。

ほらね、なんかほどよい事件が起こりそうだ。
前もそう思った。
なんか物語が始まりそうな風景。
あの時も9月だったか。
春にも来てみたいものだなあ。
灯台の光る、夜もいいだろうなあ。
よし、次は一度この海の近くで宿をとろう。

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さて、目的は果たした。
いいため息をたくさんつくことができた。
綺麗な色もたくさん吸い込んだ。

これ以上贅沢を行ったら罰が当たる。
もれなく当たるだろう。

計画的逃亡終了。
これで作れなかったらもう、
才能の枯渇と言わざるを得ない
なんとかなる気がするので、
なんとかなるんだろう。
たぶん。

また来年逃げてこられるといいなあ。
次はもうちょっと前向きに。


































posted by 前川秀樹 at 21:54| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北へ逃げろ 2

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本日快晴。蝦夷富士こと羊蹄山。
どこからも見えて、姿は美しい。
でも体力に自信がないから、登山はしない、眺めるだけ。

今日は人の住む下界で、ネタ探し。

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このあたりは、味のある小屋の宝庫。
というより北海道ってどこへいっても
味物件が豊富な気がする。
装飾性の一切ない、機能性に特化したつくりで、冬の風雪に耐え抜く。
毎年のダメージに修理を繰り返して長持ちさせる。
結果がこの風情である。

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懐かしのテレビゲームみたいなトタンの張り方。
地面のサルビアの赤がまた・・・。

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窓も通気口も不必要、とにかく丈夫なものを。

まだまだきりがないけれど、いちいち車を止められないのが残念。
バイクか自転車が、小屋採集には向いているようだ。

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さて、今回の北方逃亡にも実はささやかながら目的地というのがあって
その一つがここ。
知る人ぞ知るパン屋。ブーランジェリー・ジン。
友人から、以前ここのパンをいただいて、驚いた。
さらに実際のここの話を聞かされてから
いいなあ、行きたいなあ、とずっと思っていた。
ロケーションもさることながら、
とにかく、美味しい!
こんな香り高く味わいのあるパンが日本にあることが、とにかく驚きだ。
突出した特徴があるわけでなく、どのパンもとにかくいい意味で
極めて“普通”なのだ。
しかし普通で美味しいというのはすごいことだと思う。
パンは主食だから、毎日飽きずに食べたくなるような親しみやすさがなにより大事。
それに適度な安価さ。
エキセントリックなものは話題にはなっても飽く。
そういう意味では、ジンのパンは、
そういった基本の型をしっかりと身に付けた
安定感のある正統パンなのだ。

ニセコ1日目はここに到着したのが13時ころだったので、
残念ながら、カウンターの上の残りも少なかった。
御土産にたくさん買って帰りたかったから、
また、明日、と思ったけど
いや、でも、立ち込める芳醇な小麦の香りは抗いがたし、
お昼用に、その日はひとつだけ買う。
 
外に出て、行儀悪く一口かじる。
うん、うまい。何もつけなくてもうまい。
もう一口、
あ、写真撮ろう

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あ、せっかくだから羊蹄山も入れなくては。


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で、山に重ねてまた一枚。うん、これでいい。

また明日きます。

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はい、9時のオープンと同時にきました。
うわ、今日はいっぱいある。いい香りー!。
鼻から食べられそう。
許可をいただいて、店内写真を一枚。
実はここ、かの中村好文先生の設計。
もとはここにも、味のある納屋が建っていたそう。
好文さんに小屋展でお会いした時にも、
直接ここのことは聞いていたので
それもあって、是非とも訪れたい場所だった。

オーナーはじんさん。というかた。
偶然、僕のことはご存じのようだった。
「住む」つながりで。

うわ、しまった。
どうも、はじめまして。
なんか、こんな山の散策の恰好でこんなしゃれたところに
買い物に来てすみません。
山から太った狸が降りてきたわけじゃないですよ。
ほら、ポケットにドングリも葉っぱも持ってないですし(笑)

まあそれならそれで、とずうずうしくなって、
ちょっと申し出て、
ご主人のジンさんと奥様に、
工房とか、もと窯のあった小屋のほうも中も見せていただけることになった。
朝の御忙しい時間だったのも関わらず
温かいコーヒーまで入れていただいて。

舞台裏を見てまた感動あらた。
うーん、好文さんの、簡素で細やかな気の回し方は
さすが、だけれど、
お二人のセルフビルドの部分もかなりなもの。
小物もいい。
パン屋は、つまるところパンの姿や味でしか、
腕を証明する部分はないわけなんだけど
こういう全体の意識の高さがしっかり背骨にあってこその
味の安定感なんだなあ、
と納得。
あ、なんかちょっと元気になってきた。
ジンさん、奥さんどうもありがとうございました。
またまいります。あ、
御土産買わなくちゃ。
どれ買おうかなあ、持って帰れる限界の量、
各種ください(笑)。

あー、なんか今日はこれでいいや。


ちなみに、ここ真狩村に来る国道沿いで
ふらっと立ち寄った牧場、
自家製チーズ販売します、と書いてあったので
立ち寄って、購入。
なんとこれもまた、深い味わいとえぐみの残るチーズ。
あっさりした日本ぽいのと違う。
フランスのと変わらないと思う。
タカラという牧場で調べてみたら通販をやっているみたい。
商品名もしゃれてる、タカラのちいさなトム、だって。
ここもまた、知る人ぞ知る、なの?
んー、なんだ?このへんは。
羊蹄山のふもとってどこもこんなレベルなの?

ここも覚えておこう。
















posted by 前川秀樹 at 20:47| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北へ逃げろ 1

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ため息をついてみたい。
後悔や落胆のそれではない、感嘆のため息。
 
もやもやと煮詰まったものが体の中に折り重なって
どうにも気持ちが悪くてしようがない。
もしや気温の寒暖差から来る秋バテ?
いやいや、違う。要するに夏からずっと、
制作がすっかり煮詰まってしまっているのだ。
奮起一発、泉のごとくあふれ出るフレッシュな力でこれを乗り切りましょう!
そんな道をためらいもなく選びとる
さわやかでエネルギッシュなのは、それは僕ではない。
僕の場合こういうときは後先考えず、
とにかく現実に目をそむけ、
ダメになる。
ぐだぐだ、本を読んだり、落書きしたり
パソコンの前で、じっと風向きが変わるのを待つ。
それでも駄目なときには、仕方がないので行動に出る。
それでも立ち向かうのではない、
もっと後ろ向きのベクトルに従って。
つまり逃げる。
マンネリ&ルーチンワークから逃げたい、
ため息の出るようなとにかくきれいーーーなものが見たい。
理由はそれだけ。

それで僕は本当に逃げた。
9月の末のこと、
いつものごとく北の方面へ。

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まずは、人間の気配のない所へ。
ここだ、ここににしよう。
ニセコ、神仙沼。

こういうのを高層湿原という。
気温が低く、流れ込む川がない。
水は雨水や雪解け水、湧水など。植物が腐りにくいため、枯れた植物は湖に
どんどん積み重なってゆき、厚い泥炭層を形成する。
その上にまたコケやシダ類の特異な植物相が出来、
くぼみには水がたまる。
腐らない植物の体。
一体この足の下にどのくらいの死なない時間が埋もれているのか。

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季節の色が茨城よりもずいぶん先に進んでいる。
このあたり、昨夜は冷え込み今年初めて氷点下になったそうだ。

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せっかくだから、もうちょっと足を延ばして、別の沼へ。

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鏡沼。

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オヤマノリンドウももう終わりかけ。

それにしても何という色彩。

ため息がついてみたい、どころか、
出るのはため息だけ。
ほ、よかった。
これは安堵のため息。

沼のバックにはすぐアンヌプリの峰が見える。
木道にしつらえられた朽ちかけたベンチに腰掛けて
とにかくぼーっとしてみる。
ダケカンバの寒そうな枝や枯れ草を吹き抜ける風の音、
コマドリやカケスの鳴き声。
意外にもにぎにぎしくいろいろな音に満ちている。
にもかかわらず、
そういう一切合財を含めて、あえてこの場所を表すなら、
静寂。
なんて静か。

自分の歩く音や、衣類の衣擦れの音。クマよけの鈴の音、みっともない呼吸音、
このなかで自分が一番騒々しい異物なのだと感じる。
すみません、お騒がせして。
この人間、今、静かにさせますからちょっと居させてください。
と、この場所を構成する一切合財に気配をずぶずぶと埋没させて
自分を殺してみる。
自分はいません、いるけど見えません。
あ、いい感じ。
そんないい気持になりかけたころ、
アンヌプリの遠く向こうから、

ふぼーーーーーーーーー。

SL の汽笛?
ああ、函館本線のニセコ号かな。

こんな現実離れしたような場所から、
ほど近くに
人の町があるのだ。
と我に返る。

さて、堪能した。
人の気配のするところに降りて行こうかね。

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湯気とともに湧く。
強いイオウのにおいを、昔はものすごく悪臭にしか感じなかったけど、
ある時から、不思議とくせになる類のいいにおいだなあ、
と感じるようになっていた。
そういえば
温泉なんて爺臭い。とも思わなくなっている。

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今日はここまで。


今日は温泉につかることにする。
安宿でも大浴場は立派。
せっかくここまで逃げてきたのだから
それくらいは。




























posted by 前川秀樹 at 18:51| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月25日

常陸のクニ

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常陸の国風土記、というのがある。
奈良時代初めの成立で、今年はそこから数えて1300年目に当たるらしい。
常陸の国とはおおよそこの茨城県あたり。
当時ここには東国一大きく、平坦で土地肥ゆる豊かな国があったそうな。
口語訳を何度か読んだのだけど、古代の暮らしやら、律令制度のお役人の身分やら
こもごもが見えてきて、現代と重ね合わせると、
これはけっこう面白い。
それをまた、改めて読み返している。


古い地名が実際の今の茨城の地名にも反映されているところもある。
それによると、僕の住む土浦のあたりの記載はないが、霞ヶ浦(当時は深い内海だった)
に面したルビジノのあたりの記載がたくさんある。
ルビジノから少し行ったあたりの田の開墾にまつわる話が面白い。
夜刀の神(やとのかみ)という角のある蛇が、
しつこく谷戸の開墾の邪魔をするので、
それを追い払い、杖を立て、ここからは人の土地だから降りてこないくれ。
子子孫孫、大切にお祀りしますから、と陳情をする。続きもあるが、
まあざっくりとそういう話。
実際に今もそこに夜刀の神を祀った神社がある。

上の写真は御岩神社。茨城県の北のほう、日立市にある。
ここもまたその風土記の中に出てくる由緒正しい聖域だというので
先月末にふらっと出かけてみた。
いまだ猛暑日が続くなかを。

かびれの山のふもと、水のこんこんとわき出る場所。
見えるもの全部が苔むしている。
それまでの猛暑とうってかわって、ひんやりとした空気。
そうそう、この豊富な水と湿度こそ日本。

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説明書きを読んでいると、こうある。
この山に降り立った
天つ神の立速日男命(タチハヤヒオノミコト)
はありがたくも強烈な祟り神で、
人間が排泄などの不浄を行おうものなら、たちまちにして祟る。
病が人々を悩ませる。
鳥ですらここでは羽を休めないという。
そこで、里では朝廷に申し上げ、たところ、
片岡大連(かたおかのおおむらじ)という人が来て、
祈り奉り、こう陳情した。
人々の暮らすこの地は不浄であるから、
尊いあなたさまがおられるにはふさわしいところではありません。
どうか高い峰の清浄の地に移っていただけないでしょうか?
それを聞き入れた天つ神は
峰の一番高い所に引っ越したそうな。
なるほど、目上の人にものをお願いするときには
こんな風にいうものなんだな。
 つまりこの御岩神社は創建以来その御山の拝殿として機能しているようだ。
立速日男命。一見、字面をみるとバイクとか改造車の横に書かれている漢字みたいだが
話のわかる神様らしい。

風土記の成立した1300年前にはすでにそこに昔からあって、
現在までここは聖域としてある。
この山では、縄文時代の祭祀跡とみられる遺跡も発掘されているから、
この地はさかのぼればずいぶん長い間、清められてきたものだ。

人の営みはつまりすべて不浄で、それと聖とはいつの時代にもせめぎ合っている。
時代によって神々との付き合い方は大きく変わるにしても、
俗と聖とは陸地と海みたいなもので押したり引いたり。
大きく乖離することはない。

常陸の国風土記に勇壮に語られる、巨人、だいだらボッチの足跡の上に
ヤマトタケルの訪れた里の痕跡の跡に
僕らは今なお暮らしている。
考えれば気が遠くなりそうだが、
聖と俗のはざまで揺れ動きながら
僕らは根気よくまだ人間を続けている。

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さて、不浄と言われようと人間だから腹は減る。
帰りは日立多賀でみつけた御寿司屋さんでチラシを注文。
ネタもよかったし、いい店見つけたなあ。

常陸とは直道(ひたみち)が語源だという説がある。
高い山や大河、湖など交通の障害になるものがなく、
まっすぐ歩きやすい道の続く国、だという。

なるほど、旧水戸街道、国道6号は今日も順調だ。
ちょっと前の夏の終わりの一日のこと。






posted by 前川秀樹 at 18:27| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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