2015年09月01日

如何にも戦場ヶ原


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 その昔、下野国(栃木日光)にある二荒山(男体山)の神と、
上州(群馬)の赤木山の神が戦った。

二荒山の神はオロチに、赤木の神は大ムカデへと姿を変え、
二荒山のふもと、中禅寺湖で激突する。

事の起こりは、美しい中禅寺湖の水の奪い合いだった。
国境をまたいで進撃する赤城の大ムカデ軍を
二荒山のオロチ軍が迎え撃った。
しかし、ムカデのあまりの勢いに、二荒山の神は圧倒された末、
本拠地二荒山麓まで敗走することになった。

敗軍となった二荒山の神のもとへ、常陸鹿島(茨城)の神からお告げがある。
援軍、奥州にあり。乞うべし。

二荒山の神は今度は白い鹿に姿を変え、
奥州(東北)へと援軍を要請。
弓の名手猿丸太夫を召喚することに成功した。

これが決め手となった。
猿丸太夫の剛弓が見事、大ムカデの大将の眼を射ぬき、
ようやく撃退に成功しましたとさ。


というのが、
奥日光 戦場ヶ原の名前の由来だそうだ。

 下野国、ムカデ退治とくれば、藤原秀郷、またの名を俵藤太を置いて他にないだろう。
平将門の乱において、下総国、猿島郡にて、
平将門を打ち取るという武勲で名をはせた武将。
その報償として得たのが、下総国使、武蔵国鎮守府将軍というポジション。

下野に深い縁のある人だったんだな。
こちらは、実在の人物、とされている。

史実をもとに、神戦の伝説が出来上がったのか、
もともと原形となった神戦の伝説があって、
そこに実在の人物や出来ごとをあてはめて
さらに勇ましく脚色され、伝わったのかは定かでないが、
両者にそれなりの関係性はあるのだろう。



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 さて、話は変わるが僕は8月ずっと、ひどい50肩に悩まされた。
正確には 肩関節周囲炎 というらしい。要するに長年の使い痛みだ。

どうにも良くならないので、温泉にでも行ってみるかね。
気分転換程度でも。と思い立ち、
先週、一日、仕事を休みにして下野国までドライブに決めた。
長距離運転がきついので、運転は千恵。

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癒されるコッツウォルズのせせらぎ。
と言いたいところだけど、ここは奥日光。

戦場ヶ原、このとんがってる名前がいい。

湿原の木道を過ぎるとミズナラやトドマツの巨木の森が広がる、
貴婦人の異名を持つ、草原にすっくと立つ白樺をながめたあと、
また駐車場へ。
伝説の野をぐるっと4時間足らずの長めの散歩。

うん、少なくとも気分はいい。
見晴らし。とは言い得て妙だ。
それだけで、凝り固まった体や脳が切り替わるのか、
雲が途切れて陽が差すように、
ちょっといつもと違う視点に切り替わる。

 ちょうど木道の途中に伝説の解説パネルがあったものだから、
ずっといろんなことが頭をぐるぐると廻っていた。
例えば・・・・。

 史実と伝説。
どう違う?
どちらも大昔の話だし、
考えたらそんなに違いは無いんじゃない?
いや、一方は今も証拠が残る事実で、一方はおとぎ話、創作じゃないか。
それは、全く別物だろう。
それはまあ、その認識で間違ってはいないのだろうけども・・・・・。

いやいや、でも、と考える。
共通する部分は有る。
どちらも、それを語り伝えたのは人なのだというところ。
文字で書き記そうが、口づてであろうが、
そこに、人の意図や願望や責任といった、
人間臭い虚飾がなかったということはできない。
その点では、記録も記憶も決定的な差異はない。

フィクションだろうとノンフィクションだろうと、
結局、物事を語る、すなわち物語、の形をとってしか、
ひとは、何かを後に残すことは出来ないのだろう。
 
 さすがに大ムカデやオロチとなれば、
はなから、なにがしかのメタファーで、ファンタジーなのだろうと、
察して読めるけれど、
突き詰めればどちらか判別付き難し、なんて如何わしい“定説”いくらでもある。
けれど、それを、ホントかウソか、事実か虚構か、
僕自身は詮索も検証も、
ほどほどで止めることにしている。
物語の嘘を暴くなんて、野暮天もいいところだし。
味わいがからからに干からびて、
興ざめになるのが見え透いた落ちだ。
だって、もうこの世には居ない人の話じゃないか。
真贋なんて結局分かるわけがない。
と、僕は開き直っている。

そんなことをつらつら思いながら、そのあとは、
強烈な硫黄臭のする、如何にも 効能ありそうな湯元の湯にゆっくりつかった。
足も使ったし、暖まったし、心なしか、肩の痛みは薄れたように感じられる。


そうそう、如何にも、という言葉は、如何物(にせもの) 如何いたしましょう? 如何わしい。
に通じるという。
どちらか判別つきがたし、という実に境界的な言葉なのだ。
だから、ここのキモは、
心なしか、の部分なのだろう。



ああ、ええと、そう、今日の目的はなんだっけかね?
ああ、気分転換。と、肩休めだったっけか。

どちらも、気のせい、とは言わないけれど、
気の持ちよう、でずいぶん具合は変わる。
良くなった、と意図的に思う事は大事だ。

興ざめ、ならぬ、湯ざめする前に帰るとするかね。














posted by 前川秀樹 at 23:48| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月18日

2015北海道 その5

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化石。
カブトムシと並んで天然少年の心をくすぐるお宝アイテムである。

山の中で見つける大昔の海の底の生き物。
それだけで、その石ころに刻まれた印影は、
子供にとって計り知れない価値を持つ。
いや、大人になってもやっぱりそうだ。
だから僕は今回、虫はほどほどにして、少ない時間を沢歩きに充てた。

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コツを教授してくれたのは、とある博物館の若い研究者のOさん。
博物館の展示の解説と、翌日フィールドにも連れて行ってくださった。

指示された灰色の石を探して、ひたすら割る。
必ずなにか出てくるとは限らない。
でも何かが出てくるかもしれない。
全く宝探しだ。

長靴で歩けるところまで。
どんどんと沢をさかのぼる。

翌日は一人でまた別の沢に降りてみた。
車を止めた途端、アブとブユの大群がわっと車にたかる。
これには参った。
虫よけスプレーなどものともせず、じっと留まると、たかって来る。
とにかく飢えているのか、凶暴なのだ。

お蔭でむき出しの両手両腕がグローブみたいに腫れあがってしまった。
おのれ、アブども!


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大きなかつらの切り株。
こんな角度で見たことがない。
水の流れる側から見えてくる景色は新鮮だったなあ。
夜の間にはいろんな動物もまた、水辺にやってくるようで、
残された種類の違う足跡や、ふんでそれがわかる。


沢。
これまで林道わきに流れているのを上から眺めることはあった、
流れを横切る時にはそのひやりとした空気や滑る岩を飛び越えることもあった。

しかし、そこまで降りて、流れに沿って遡る、という体験は新鮮だ。
両脇の抉られた山肌。腐食した植物や淀んだ泥の匂い。鮮やかな苔の緑。
頭上を急に横切るカワガラス。
岸の草むらから驚いて飛び出した雄鹿に僕の方が腰を抜かしそうになる。
熊じゃなくてよかった。

人の道とはまた違う、水の道。
小さな体の自分が皮膚の浅いところを流れる血管に
間違えて紛れ込んでしまった異物のようにに思えてくる。

最も視界のほとんどは足もとの石ころばかりだけど。

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これは、アンモナイトの殻の縫合線。
博物館で見た。ああ、やっぱりちゃんと落ちてるんだ。アンモナイト。
初めて見た。
でも、想像していたあの丸く巻いた形じゃないなあ。欠片か・・。
それにちょっと大きすぎる。全体を想像しても相当でかい。
うーん。残念。


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こっちは?
なんだろう?
なにか、ではあるんだろうな。
割ってみるか、いやいや、このままでも綺麗じゃない?


結局、今回は下見的な結果となってしまった。
発見できたのは、ようやくそれとわかる欠片ばかりだった。

ただ、本当にそこにある事は分かった。
8000万年前のここが、海の底だったという動かぬ証拠は確認はできた。
次は、次こそはもうちょっと綺麗な欠片を拾えるように、下調べをしていこう。


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余談、道路の真ん中に黒い固まりが。
あれは、間違いなく・・・


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ヒグマの落としものでした。泊まった宿から朝の散歩中にあったもの。
昨夜の雨で流れちゃってるけど、一昨日あたりのものには違いない。

興味があったので、近くの落ち枝でほぐしてみる

山ブドウの蔓、以外は何の植物かわからない。いろんな繊維や葉の痕跡。
昆虫等の痕跡なし。動物系タンパク質は取らないんだなあ。
狐や狸のフンとはまるで中身が違う、テンやイタチとも。
北海道のヒグマは世界のその仲間に比べて、
極端に草食性へと進化した珍しい例であると
聞いたことがある。
ただ、草食性だからって、危険であることには変わりない。
だって、大きいもの。
意外とこんなに近くに普通に居るものなんだなあ。

ちなみに今回、
林道を含め路の上でみた熊のふんは 合計7つ。
迂闊に沢なんて歩いてたら、いつかばったり、
なんてことがあるかもしれない。
鈴以外にも、笛とか、スプレーは必要かな。
荷物が増えてゆくのは嫌だけれど。


 毎回、僕には何かしらの発見をもたらしてくれる北海道。
でも、多分知っているのは未だ10分の一くらい。
とにかく広い。
茨城空港から新千歳空港への定期便の存続が危ぶまれたスカイマークだが、
いまのところ、減便は無いようだ。
僕の発見フィールドへの直行便、どうにか現状で存続してほしいものだ。

次はいつになるだろう。
機会を黙して待とう。




posted by 前川秀樹 at 18:37| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015北海道 その4

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北海道後半戦は三浦親子と野遊び。

やあ、一久。げんきにしてたー?
大きくなったねー。
さて、今年は何処に行こうかね。

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ライトトラップ点灯待ち。の前に腹ごしらえをしよう。
今日はカレー。
早く暗くならないかな。


なんで?どうして?だれが? なぜなに期 真っただ中の一久。


一  「あーテントウムシ来た。飛んできた。電気ないのに何で!? ねえ?」

ま  「あー、ねー。なんでかねー」


ライトトラップの準備中でついつい生返事を返す僕。
すると一久。しばらく静かにしてるなーと思ってたら
僕がお湯を沸かし始めたころ合いに。ぽつりと。


一 「前川さん?」

ま 「はい?」

一 「今忙しいですか?」

ま 「?いや、なんで?今いそがしくないよ」

一 「テントウムシの話していい?」


ああ、え?なんか気を使って黙ってたの!?
三浦さんも僕も、キュンとするやらおかしいやら。
それで改めて。

ま 「じゃ、はいどうぞ(笑)」

一 「テントウムシが来た!」


え、それだけ?話って。
まあでも5歳児?6歳かな、ってそんなもんなのか。

ホントだ、飛んで来たねえ。
とやっと彼の手元を見て受け答え。
字面にすると先ほどのそれとほとんど違いがあるとは思えないけど、
子供にとってはやっぱり違うんだな、それとこれとは。
面白いなあ。


結局この日のライトトラップは不発。
気温が低かったこと、満月だったこと。風が少しあったこと。
等が原因と思われる。



気を取り直して翌日。



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や?昨日夕方に しかけた馬糞、翌朝行ってみると変化が!?


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牧場ではダイコクコガネの姿はまるで見つけられず、
それならせめてオオセンチコガネを寄せてみるか、と仕掛けたもの。
糞をどけると大きな穴が

やけに大きいな。オオセンチも相当大きな穴を掘るけど、
僕の指が入るほどじゃない。
けどこれは、大人指サイズ。

静かに静かにスコップで掘り下げてみると、
出てきました。ダイコクコガネ♀。

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教科書通りだと、牧場の草の間でも掘り進むそうだし、
馬糞なんとそちらにはいくらでも落ちてる。
なのに、いなかった。

それなのに、林道に仕掛けた糞から、3か所で合計9頭 。
ただ、全部♀。
これはたまたま?
さて、また分からんことが出て来たよ。
雄は何処で何やっているなんだ?

ちなみに昨年の雄の写真は⇒

てっきり一緒に巣穴に居るもんだとばかり。
でも、一匹も姿を見ない。

いつ交尾をした?これから?
糞を引き入れた時点で、
もう産卵は済ませているということ?
それとも産卵のための穴は、メスだけがせっせと掘るの?
で、交尾だけしてとっととおさらば的な?

おっと、またなんだか雄の立場が危うくなって来たよ。

だから、オスはだめだ。男はこれだから・・・・

いやいや、そんなことないって。
なんか役割があって、たまたまいないだけだって。

でも真相は謎のまま。
もっと知りたいなあ。ダイコクコガネの生態。
張り込まないと駄目かなあ。
知れば知るほど、なおさら、ダメ雄だったりして(笑)

まあこれは宿題。
一つ分かればまた一つ分からなくなる。
自然の面白いところ。



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数は少なかったけど、オオセンチも見られた。
糞をちぎって運ぶ。糞の真下に穴を掘ればいいのに。
あ、そうか糞の下には大黒様が。



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自然の中で遊ぶ、って、教科書があるわけじゃないけど、
いくらかの知識は必要。
何が楽しくて、何を見つけることが、スゴイ!ことなのか。
河原の大きな岩に登る。
たったそれだけでも、僕はいくらでも冒険ができると思う。

何事も創意工夫と想像力。

とはいえ、それで一緒に遊べるのは、
子供が、せいぜい10歳くらいまでなんじゃないかなあ、とふと思う。
好みや人格が形成されてくれば、行為に価値や意味を求め始めるから。
子供のもつ社会も広がってゆく。
あれが好きこれは嫌い、めんどくさい、楽そう。
そうなればもう小さな大人だ。
付き合い方が難しい。

子供と接する時には
僕は親じゃないから美味しいとこ取りしてしまうばかりだけど、

さてさて一久はいつまで虫のおじさんと楽しんで遊んでくれるものかね。

















posted by 前川秀樹 at 17:36| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月17日

2015北海道 その3

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うーん今日も羊蹄山は雲に隠れてしまった。
ここのところなかなか顔を見せてくれないそう。
残念。

さて、今日はちょっと体を動かそう。
軽くピクニック気分でね。

お昼に食べる物をまず買い出しに行くよ。


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ああ、その前にダチョウに餌をやらないと。

いや、別にうちのダチョウじゃないけど、通りががると餌を買って、
ついあげたくなる。
大きいから一見怖い感じもするけど、いやそんなことない、ない。
見て、この長いまつげ。
かわいいー!
誰に遠慮することなく今こそ
そう叫んでもいいと思うけど。


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ほら、だからそんなびくびくせずに。



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一応羊蹄山をバックに記念写真めいた事を。
近寄らないでください。


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まずはパン。パンは当然 ブーランジェリー・ジンで。
お願いして一枚だけ写真。
朝一番だったから、今日はクロワッサン買えたー。焼き立てー♪
今日の昼の分と持ち帰り用と、皆で購入。

 
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チーズはタカラ。ニセコに来たときの僕の定番。
斎藤兄弟の営む牧場、兄が牛を、弟の愛三君がチーズや牛乳を。
いつも明るい雰囲気があって、小さいがいい牧場だ。

昨年、通りがかったときに、たまたま愛三君と、息子さんが庭に居たので、
採集してタッパーにつめていた、
ミヤマクワガタとオオセンチコガネを分けてあげたら、
息子ちゃんが思いのほか喜んでくれた。

もっとも僕の名前や生業を未だ彼はよく知らない。


今年、一年ぶりに売店の方に顔をだしたら、斎藤君、開口一番。

「あ!虫のお兄さん!いらっしゃい」

うん、まあ、その、おおむねその認識で間違いじゃない。
ここでは、そういうことにしておいて。

牛乳をどうぞって、ごちそうしてくれた。
表面にどろっと膜が張ってあって、濃い。これぞ牛の乳。
ごちそうさまです。やっぱり印象に残るくらいの一杯だと思う。

さて、あとは道の駅で、焼きソーセージ買って、
買い出し完了。

目指すは神仙沼。

とはいえ駐車場から軽いアップダウンを経て30分程度で到着。
ニセコの峰々の中、チセヌプリとイワオヌプリに挟まれた高層湿原のなかでも、
一番アクセスが容易で、美しい。

まあ、今日はその程度がちょうどいいかな。


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僕は夏に来るのは初めて。涼しいさわやかな高原の風を、と
思い描いていたけれども、
台風と低気圧の影響なのか、思いのほか蒸し暑い。
草いきれとはっと目を引く濃いえんじ色のトンボ。
セルリアンブルーのイトトンボ。
それを映す、鏡のような池塘。
ここでは標高はさほどでもないのに、高原といって遜色のない、
風景が広がっている。それが北海道。


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神仙沼到着。

本当に鏡だ、風がないから。
でもちと暑い。
沼を前に一息ついて、皆で桃を一つずつ。
リュックに入れてきたから傷だらけ。
垂れる汁にも構わずに、ガブリとかぶりついてみれば、
一瞬で広がる甘さに、ほろほろと、喉が癒される。



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一応記念撮影など、なんか硬いなあ。姿勢とか。

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ああそれくらいでいい。
被写体がなんなのかよくわからないのは。カメラマンの腕が悪いせい。


おなかすいたー。

眺めのいい沼のそばには、堂々と食べ物を広げる場所もその度胸もなかったので、
駐車場まで降りて来て、すぐそばのキャンプ場の芝生で、やっとこさ遅めの昼食。
待ってましたー!クロワッサン。チーズ!
皆さんお疲れ様でした。


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レイアウトは極めて雑だけど、空腹も相まって、味は上等のランチっぽい。
道の駅で買って、クーラーボックスで冷やしておいたスモモやサクランボも。
汲んで来た湧水をコンロで沸かして、
さっき摘んだ生ミント葉たっぷりの紅茶を入れる。
これは千恵のアイデア提供。
あー。美味しいー。幸せ。

二杯目はコーヒーにする?
インスタントしかないけど。

僕の正面あたりから、ぽつりとまた正直な声がする。

「これで、ドリップ式ならなあ・・」

ですよねー!ここまできて艶消しだよねー。
ごめんよ!至らなくて。
次は軽量コンパクトなドリップ器具セットをこさえてきてやるさ!
ちくしょー。みてやがれ!

まあ、最高に旨い水で、いい豆で、コーヒーを味わう野点、なんて
確かに上等な楽しみだと思う。もっともだ。
それがスマートにできてこそ上級者だ。
よりコンパクトで準備が楽で、軽量。
まず、器がいかにもキャンプ用品の大きなマグカップじゃダメな気がする。
お洒落かつクリエイティブじゃないと。
うーん、これは工夫し甲斐がありそう。
いっそ器から作るか。


さてと、いい時間だ、
積丹岬にちこっと寄って札幌まで帰りましょう。

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あいにくの光の具合であの積丹ブルーが見られなかったのが残念。
時間と天気に大きく左右されるんだなあ。
前回はこんな感じで見えたんだけど。⇒ 


僕のツアコンモドキはここまで。
ここには書ききれないけどもなかなかの珍道中でした。

明日からは僕は別行動の後半戦。

さて、今度こそ札幌まで安全運転で帰りましょ。















           



posted by 前川秀樹 at 22:36| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015北海道 その2

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前半の仕事パート、早くも終了!
ここからは夏休み気分の中半戦。足は車。
僕一人の時よりも、乗りごこちのいい大きな乗用車にした。

はい、注目。
さて、今日のコースはですね、
札幌から北へ、朝一で向う先は、
美唄にある彫刻公園。アルテピアッツァ美唄です。
で、そのあと、また札幌に折り返し、通過。
海沿いの小樽経由で、そのあたりで昼食。
午後は山の方、ニセコに向かいますよ。

今日の僕はなんちゃってツアコン役。

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天気はあいにくのしとしと小ぬか雨。
それでも緑がしっとりしていて、この炭鉱町にある彫刻の公園の静寂が際立つ。
石の彫刻ってやっぱり濡れた状態が綺麗だと思うなあ。

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僕は7年ぶり2度目だけど、まったく変わらず本当によく清められた公園だと思う。
草の伸び盛りにこんなコンディションを保つ手間と努力って一体どれほどのものかと。


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さて、観光客の人ごみでごった返す小樽はとっとと通過して、町はずれの岬にある
青塚食堂で昼食。
今日はぜひ、ベタな北海道を、という後ろ座席の誰かさんのオーダーにお答えして。
大丈夫かなー、ああ、けっこう混んでる。待ち?昼前なのに。
人気あるんだなあ。

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北海道と言えばニシン。炭火であぶっただけのやつが一番うまいと思う。
定食にしてもらう。

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食べたー。というより写真はまだ最中だけど。
まあ、どれも美味しい。素材がいいからね。
活気に満ちていて、これぞ海辺の大衆食堂って感じがしたよ。

海岸沿いにうねうねと続く国道を走る。
国道といってもただのひなびた田舎道。
天気は今一つだなあ。
その時、

「珈琲が飲みたいな」
 

後ろ座席からオーダー。
はい、はい、了解。

とは言ったが、こんなとこで珈琲?コンビニじゃない奴でしょ?
カフェはおろか喫茶店すら・・・。ないだろなあ・・・。

助手席の滝下達、さっそくスマホ検索。

次の街にコーヒーなんちゃらって、喫茶めいたものがあるみたいです。

じゃあ、まあその辺で。
あ、その前にちょっと寄ってかない?
そう、通り道だから。
フゴッペ洞窟。

岩に彫られた、単純な線、壁画と呼ぶには拙すぎて、
かといって落書きではもちろんない。
もっと切実な線刻画。
先史時代の遺跡をかこった、小さく素朴な展示館。
発掘品や、想像画とかがそれなりに面白い。
以前僕が来た時の写真はこちら⇒

展示タッチパネルにクイズがあるのを。
土器さんが見つける。
大昔、このオホーツクの海岸にあったであろう集落の洞窟の前に
沢山の人が集まって、
何かをしているシーンの絵が映る。

Q  さて、この人たちは洞窟の前で何をしているのでしょう?

 ってさ。はいどうぞ、前川君。

 「はい!、合コン?」

今日はボケたおすよ。遠慮なく。

モニターには古代の祈りや大漁祈願といった、
アニミスティックな説明アンサーが表示される。


なんちゃらコーヒーには結局たどり着くことはできず、
ようやく5時過ぎにニセコの宿に到着。
やっとコーヒータイム。
まあ、今日は移動日だ。
仕方がない。

さあさ、夕飯の前に温泉 温泉 ♪


posted by 前川秀樹 at 20:33| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015北海道 その1

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 そう言えば新千歳空港行きの飛行機に乗ったのが先月 7月24日。
なんだかずいぶん昔のような気がするけど、まだひと月経ってないんだな。

今年の北海道は、半分仕事的というかなんというか。
翌日25日、札幌芸術の森での「君の椅子10年」のイベント、トークショー。
思いのほか沢山の方々に来ていただけたこと、大変ありがたく思いました。
それにイベントに呼んでいただいた関係各位の皆様にも、どうもありがとうございました。

講義と言うほど堅くなく、フリートークよりはテーマを持って。
作品や制作の話、旅話、森の話、木の話、それとちょっとだけ虫の話(笑)
そんな温度とレイアウトで自由にお話しさせていただきました。

来ていただいた方々にとっては、
ほんの1時間半程度のイベントだったと思うのですが、
僕は、前日夜のレセプションパーティーから続いていたので、10年かあ・・・と
いろいろと思い出すこともあり、
印象深い 二日間となりましたよ。


レセプションパーティー。
そもそも、パーティーというものを僕は苦手にしていて、
いつもそれとなく機会を避けているのだけど。
でもまあ、今回は珍しく興味もあったし、
関係者として、お誘い受けなくちゃな、と思ったので、
出席させていただいた。
懐かしい顔、はじめましての顔。こんなにたくさんの人に紹介されたり会う機会なんて、
僕はめったにないので、妙なテンションになった。
でも、結果としてとても有意義な時間で、雰囲気も良くて楽しかったなあ。
出て良かった。

君の椅子展示もとてもメッセージの強い、面白いものでした。




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芸術の森のレストラン、野菜中心のビュッフェが結構おいしい。
出番直前なので、他の人はともかく、
僕だけはそれなりに緊張してますよ。
でも、たっぷり食べるけど。

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遠くから聞きに来てくれた、木偶講座の青木さん。
突然、壁に向かって、何らかの憤りをぶつけるの図?

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ああ、セルフソフトクリームやってただけか。


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あー、終わった終わった。お疲れさまー。
札幌某所、夜は身内でプチ打ち上げ。さあさあ、ほら、ワインを空けよう。
ホッカイシマエビってのが抜群に旨かったなあ。


もう一軒行く?

あ、土器さんと千恵はもう帰って寝ると言ってる。
僕はじゃあ、皆でもう一杯だけ、
飲めないくせに。
でも気分がいいからね。たまにはね。

その夜は良く眠れた。
posted by 前川秀樹 at 18:49| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月17日

旅徒然 その6

ドイツ駄目押し。備忘録。

「ネオ・ゴシック」

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ミュンヘンの旧市街の中心地、マリエン広場に面して建つ新市庁舎。
その壁に、実に奇妙でさまざまな、暗示的というか多分に教訓的な石の造作物がくっついている。
見ざる言わざる聞かざるの三猿じゃなくて、言わざる、嗅がざる?どこかいじわるっぽい。
これ見よがしに突き出たガーゴイルなんてゴシック的題材だなあと思って
ガイドブックの解説を読めば、
建物の完成は、1881年とある、あれ?
ゴシックじゃないぞ、ずいぶん新しい。

区分としては、後期ネオゴシック様式とある。
なるほど。納得。

ネオゴシックとはざっくり言うと18世紀末から19世紀にかけて起こった、
ゴシック建築様式の復興運動だ。要するに12世紀から15世紀あたりの
古い建築様式の焼き直しが、この時代流行ったのだ。

19世紀初頭と言えば、
急速に進む近代化と産業革命の真っただなか、
それまで強硬に推し進められてきた近代化。
理性偏重 合理主義 へのカウンターとして、
より感性的で主観的な物事の捉え方に重きを置いた運動がおこった。
それがロマン主義である。
ロマン主義の特徴で思いつくのが、中世への憧憬、それに民族意識の高揚
など、かな。
その世紀末は僕の大好きな時代の一つ。

ヴィルヘルム・ハウフ というドイツロマン派を代表する文学者の童話を
帰国後、読んだけれど、
啓示的で、暗示的なところが 中世への懐古趣味と言えなくもないけど、
それがまた実にいいのだ。
新しい時代の必然性や動機をもって焼き直されたからこそ
何重ものベールの向こうに中世が垣間見えて、
そのチラチラ感が実に甘酸っぱくイヤラシく味わい深い。
そうか、そういう時代があったんだな。
建築にも文学にも芸術にも音楽にも。



「メニューとか」

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とりあえずよさげなレストランを見つけて腰かけたら、出されたメニューは当然ドイツ語。
あーなめてました。すみません。
さっぱり読めません。
触れたことがない言語なのだから当然の事なのに、いまさら・・・。

このかろうじてサラートと読めるのが サラダのことで、
スッペンだかズッペンだかが、メニューの位置的にみて
スープの事なのかなあ?
値段的に、高いのは野菜以外にもいろいろと乗っかってるんだきっと。
この辺は、肉でこの辺が魚ってことじゃないかなあ・・。
最初はやっぱり牛 で、豚で 鶏の順番で来るんじゃないか?

もうそのレベルとなると、解読はおろか推理ですらない。
ただの当てモンの領域である。

無理だ。手厳しい敗北と諦観を出来る限り表情に出さないよう心がけ、
にっこり笑って、

「すみません英語のメニュー置いてありますか?」

「はい、ございますよ」

と、店員さんもにっこり。

良かったー。助かった。
これで先に進める。

で、改めて出されたメニューが、
また読めない。何故だ?
いやいや、落ち着け。

うむ、今度のはメニューが二段になっている。
上に書いてあるのが多分ドイツ語で、
つまりは下のアルファベットが英語のはず。
だよな、常識的に判断してそのはずだ。
そうに違いない。
その2段目。英語のはず、が読めない。

だって、そこにもやっぱりズッペンって書いてあるもん。

これは、うん、よし、わかった!悟った。
思うに、上に書いてあるのは、
ロシア語だね。

で、下のがドイツ語。っと
 
ってうおーい!
難易度上がっとるわ!
もう、スタートラインから3歩後退だよ。
へこむわー。

さようですか。
まいりました。

ええ、もういいです。外国人向けのメニュー棚から適当に手に取って来たんでしょ。どうせ。
急がしそうだもんね。
当てモンインスピレーションが試される時なんでしょ。

はい、じゃ、これとこれとこれ。お願いします。
あと、ビール 

で、出て来たのがこんな感じ。

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チキンと盛りだくさんのサラダ。これに+オニオンスープ。
まあ、まあこんなものかな。よしとしよう。

次の日もまた別の店で同じような感じで、英語にはお目にかかれず、

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こんな感じ。
うう、美味しいけど、それはビールには大変合うけれども。
僕は暖かい物が食べたいんだ!

むしろ朝のホテルのが一番ちゃんとしてたかな。

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こんな、とか

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こんな感じ。
何処もビュッフェ形式だから。みて分かるし。
なんといってもパンもチーズもハム、ソーセージの類もどれもかなり美味しいものだった。
あと果物類も。
特にパンは最高だったなあ。ドイツパン好きだ。

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こちらはドイツからフランスにかえる特急列車の車内軽食。長距離国際列車だからね。
飛行機とおんなじ。ちょっと嬉しいサービス。


「お店とかね」

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スーパーにて。こんなスープの売り方、初めて見た。几帳面なんだか豪快なんだか・・・。


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何処の博物館でも必ず展示されている、薬局のカウンターの再現展示。
なんで薬局?と不思議だったけど、
思い出してみれば、ドイツは中世の時代から薬草の知識が伝統的に豊富で好まれる国だった。
修道女のヒルデガルドの薬草辞典とかいう本がそう言えば家にもあったな。
だから、薬局ってたぶん、代表的で重要なお店だったんだな。

その伝統か、街中にBIOの食材屋がやたらに多い。
普通のスーパーでも、ハーブティーの種類の多いこと。
そしてご丁寧にそれぞれ薬効について解説が添えられている。
わお、そう言えばあの店員さんの横顔、魔女に見えなくもないかもしれない(笑)
すごい近代的な工場なのに、夜は黒い服を見に纏い、大きな鍋をかきまわしながら
低い声で抑揚なく歌うのだ、テイラー・スウィフトとかマルーン5とか。
そういう系のハーブの煎じ茶であってほしい。
どんな系だ。

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ミュンヘンで、マヌファクトゥム、という眼が皿になってしまいそうな、かっちょいイイ
お店に入った。世界中から、丁寧に作られ。デザイン性、耐久性に優れた
要するにいい仕事してますねえー。な道具が選りすぐられている。
庭道具、文房具 キッチン用品、作業着、などなど。
日本の刃ものも沢山あった。鎌とか鍬、包丁なんか。
僕らはそこで、作業用ゴーグルだのゾーリンゲンのはさみだの洗濯バサミだの封筒だの。
何もドイツで買わなくても、と思うものばっかりを購入した。
いい物にはつい財布のひもが緩んでしまう。この商売上手さんめ。
写真はそこの店内用買い物かご、こんなものまでシャレオツだなあ、
猪口才な。


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最後は、ヴュルツブルグで一軒だけ見つけた、骨董屋さん。
親切なおばちゃんがひとりでやっているらしく、フランケン地方の、まあ民具や
リサイクルモノなんかも扱っているみたいな小さなお店。

そこで、奥の倉庫で見せてくれたのが、いわゆるスリップウェアの絵付け大皿。
それが棚に積み上げられている。
うわー!すごい。どれもいい!
こう言うのはパリの蚤に市ではなかなか出てこない。

どれも大きい。直径40センチくらいは有る。
でも、なんとおおらかで素朴で、いい。
そのまま土鍋のように火にかけたのか、裏が真っ黒にすすけて居るのもある。
白磁はもう飽きたこともあって、こういうざっくりしたものに料理を盛りたいなあ。
と思うようになった。
まあ、僕が料理作るわけじゃないけど(笑)

写真のは大きすぎて持って帰る自信がなかったので、
もうちょっと小さくて、模様も擦れている感じのを2枚買うことにした。
おばちゃんが随分安くしてくれたので、
なんだかんだ3回も通ってしまった。
最後に一人で行った時に、10歳くらいの、お孫さんらしき女の子が階段の途中まで降りて来て、
そこに座ったまま、にこにこしてじーっと僕らの様子を観察してた。
目が合うとはにかんで目をそらしたりするのがまたかわいらしい。
珍しいんだろうなあ、この店に通う東洋人なんて。

いろいろ安くしてくれてありがとうおばちゃん。
今度来る時があったら、高い方の大きな器買うからね。
ずっと元気で営業していてね。


「電車 来ない」

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今朝ローテンブルクからローカル支線で、シュタイナハで乗り換えて、ヴュルツブルクヘ。
そこでまた一泊。翌日特急列車に乗って、パリに出発。
乗る列車も決まっている。席指定も完ぺき。

今日中にはとにかくビュルツブルクまでは行かないと。

ところが、である。
朝、駅で予定の電車が来ない。時刻表通りじゃない。
時間を過ぎてもぜんぜん来ない。
そう言えばさっきからずっと反対方向の列車もホームには入ってこないな。
ん、あれ?なんかおかしくない?
運転手さん寝坊?病欠?

とか思っていたら、
ホームに出て来たおじさんが、
「今日、電車来ないよ」
って、え!?やっぱり、例の奴?
本気だったのか?奴ら。

「ええ!?本当?僕らシュタイナハまで行きたいんだけど」
と言ったら、

「代行バスが出てるよ」
と、駅前のバス停のあたりを指さしてくれた。

おお、希望がつながった。

奴らとは、労働組合。
例の奴とはストライキである。
ドイツ語でなんて言うかは知らないが、
数日前からテレビで、駅の映像とともにやたら、ストライク と読める文字が
飛び交っているところまでは分かっていた。
ストライク?バッターアウト?

アウトなのは僕ら利用者だったっていうオチ?
外国人観光客にも容赦無用なのか。

ホントにバス来るのかなあ。

言われたバス停のあたりにはすでに手持無沙汰に数人の人が佇んでいる。
手始めに上品そうな初老のマダムに聞いてみる。

「どちらまで?」
「シュタイナハよ。
シュタイナハから先はどうにか不定期に動いているみたいよ」

ああ、マダム!僕らはあなたに従います!
まねっこざるです。

マダムはドイツの人だったみたいだけど、
他にも外国人らしき待ち人はちらほら。
そのうち軽くひとクラスぶんの小学生が。
課外学習かなあ。先生も大変だ。
皆1台のバスに乗れるんだろうか?
なんだか難民船みたいになって来たな。
ともあれ、
それぞれが同じ境遇なので、こういうときには
不思議な連帯感が生まれるもので。

行き先の違うバスが来るたび、皆で期待して、皆で落胆して。
やっと目的のバスらしきものが来て
シュタイナハ行きだよ。
と運転手さんに告げられた時の、あのなんともいえない一体感。
助かった。高いチケット無駄にしなくてすんだよ。

とはいえ、こんなことはしょっちゅうである。
時間通りになんて事が進んだことがない。
日本に居るとつい、忘れてしまうけどね。

 「そのほか徒然」

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電車の中で、千恵がトイレに行ったら外で待ってた若いお母さんから、
「トイレに入るから、子供持っててほしいの、持ち方はこの向きよ」
と預けられちゃった。子供を二人連れてたからねえ。
大きいほうの子供と一緒にトイレに。
若いお母さんは大変だ。
にしても気楽だなあ、
言葉も通じない通りすがりの外国人にほいって、なあ。

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なんだ?このキメラ。
お土産でどこかで売ってるの?


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うわ!欲しい!これBMWってホント?


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これもまたドイツっぽいデザイン。
時計のデザインとかいろいろイカスものがあった。
マヌファクトゥム 日本にもできないかなあ。
最近MUJIともコラボするって聞いたけど。


さて、ドイツはそろそろおなかいっぱい。
思い出すとまだまだ目の付けどころは有りそうだけど、
きりがないので、ひとまず予定通りパリに帰ろう。
明日の電車、時間通りに出るのかなあ。




















posted by 前川秀樹 at 00:19| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

旅徒然その5

「ティルメン・リーメンシュナイダー」

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ドイツの南西部、フランス スイス オーストリアと国境を接する地方を
シュバーベン地方と呼ぶ。バイエルン州 とかロマンチック街道 と言えば観光で有名だ。
また有名な黒い森、シュバルツバルトを要する山間の地方でもある。

記録によればその地方の北寄りのヴュルツブルクという街に
ティルマン・リーメンシュナイダーという奇代のマイスターが
最初の工房を構えたのが1485年 、彼が25歳のときである。
15世紀後期と言えば
イタリアで起こったルネサンス人文主義がようやく他の欧州諸国に浸透し始めたころ、
このあたりのそれは北方ルネサンスと呼ばれる。
ちなみにリーメンシュナイダーを他の同時代の芸術家と比較してみると、
レオナルド・ダ・ヴィンチよりも8才年下、
ミケランジェロ・ブオナローティよりも15才年上である。

彼の生きた時代は、近世を目前に控えた、中世の最後期に当たる。
暗黒時代の終焉である。


その後1531年に没するまでの46年間の彼の活動の中で、特筆すべき点の一つが、
木、という素材の価値を宗教彫刻の素材にまで、高めたことである。といってもいい。

以前の素材は石、特に大理石が中心であり、木像はどちらかと言えばマイナーで
習作や、奉納品としてしか、用いられてこなかった。
ミケランジェロの木像は僕は寡聞にして一つしか見たことがない。

事実リーメンシュナイダー自身も出自は石工である。

しかしもともとドイツ、シュバーベン地方ではもともと木でそういうものを作るという
習慣が根強くあったようだ。
フランスの博物館でみられる木像の銘品は多くはドイツ製である。

深い森が周囲にあった、という環境、森の民としてのアラマンニ族の独特の文化
が下地にあったことは興味深い。
ど素人考えになるが、ケルト的な感じも受ける。
彼の作品に限らずその時代の他の木彫刻のほとんどが、セイヨウボダイジュが素材となっている。
日本で言うならシナノキというやや北方系の巨木がそれに種類が非常に近い。

数多くの名巧を生んだその地方、時代の中でも 
もっとも有名とされるのがリーメンシュナイダーである。
その彼の作といわれる作品の多くが、残り、現在もみることができるのが、
この南ドイツの一地方なのだ。
集中しているのは ミュンヘン、ヴュルツブルク、ローテンブルク である。

というわけで、僕はようやく実物に触れることができた。



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こんな表現のマグダラのマリア像なんて多分前代未聞だ。
全身が巻き毛で覆われている。一見 うわっと引くけれど、
けれど、しかして、である。サルには見えない。狙った毒気ではない、
むしろ奇妙な清らかさが強くただよう。
なんて奇想天外な落とし所なんだろうか。
イタリアのルネサンスの考え方とは根本的なところでなにか違うような気がする。

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どんな刃物で彫るとこうなる?

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色もしっかり。
着色は彩色画家という専門職人が別にいたらしい。
彫刻家が彩色まで手掛けることは全くなかったという。
着色する、というのは時間も費用もかかり、大変な贅沢なことだった。
14世紀以前の木像は着色されることが当たり前だったらしいが、
徐々に着色はされなくなる。
彼の作品も晩年のそれになるにつれ、無着色 淡い彩色、オイルフィニッシュの作品が増える。
予算的な制約と、さらに木を彫るだけで仕上げる、という、ある意味ごまかしの効かない
技が要求される時代へと移り変わっていった。ということだろうか。

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これは子供が怖い。首のつきかたとかもなんか変だ。
子供って、日本でも江戸時代前半までは、7歳までは人として
認識されなかったというような習慣があったそうだけど、
西洋でも似たようなことがあったのだろうか。だからあえて妖怪っぽい、のかな。
どうなんだろう。
聖母子像の子の表現はどれもみんな、総じてかわいくない。

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聖セバスチャン像。いたいいたい!あちこちになんかが刺さったあとみたいな赤い穴があいてる。
キリスト教の宗教彫刻って、痛い感じのが多い。僕はそれはちょっと苦手。
血が流れている表現もえげつないのが結構当たり前。
そのなかでもまあ彼のはどれもソフトかな。

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これはどうしても見たかった、嘆きのマリア。
顔がいいなあ。顔がいい。
彼の作るのはみんな顔がいい。とんでもない蛙みたいな司祭像なんかもあるけど、
ある種の醜さにすらどれにも不思議な品格を感じる。
生々しい人間から、上手にそっと「俗」を引き算したみたいな。
上手く咀嚼され理想化された人間を作っている気がする。
まあそれが写実を装った中世らしさ、ともいえる。
そして、細部の細部まできっちりみっちりかっちり彫り込んである。
理想を追い求める執拗さとでもいおうか。
すごいなあ。しかし、
ここまでやりきらなきゃ気が済まないもんかな。
ここは、こういうことにしてー。
ここはこんな感じでー。
みたいなぬるい部分を探すほうが難しいくらい。
あくまで、理想なんだからさー。
とかいうと、思いっきり軽蔑の眼で見られそう。
いや、張り手の一つでも食らうかもしれない。
マイスター(親方)から。


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手前に丸い巨大な俗がいます(笑)
他に誰もいないものだから、監視員さんに許可をもらって、床に座って
スケッチなんかしてみる。
向き合ってみる。
ああ、ひんやりした床が気持ちいい至福の時間だった。
老監視員さん、ときどきチラチラ僕の手元を覗き込んでは、
親指を立てて、うんうんと笑顔でうなづいてくれた。
英語はわかんなかったんだろうけど、なんだか言いたいことはわかったので、
ぼくもまた、その度ダンケ はい、どうも、ダンケシェーン、と返す。

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ここからは彼の作ではないけど、どれも面白い。

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なんか裸で踊っているし。

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荒いけど、骸骨の感じがよく伝わってくる。これはライオンを御す死神。


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ヴュルツブルクの街の外れ、丘の上にあるマインフランケン博物館には2度足を運んだ。
ミュンヘンのバイエルン国立博物館の物量、質もかなり見ごたえがあった。
どちらも、リーメンシュナイダー以外にも、大変興味深い示唆を与えてくれる
良作 珍品 目白押しだったので、もっとゆっくり全部見て回りたいところだった、
けど、脳味噌には一度に入るキャパシティーというものがある。
だんだん頭がぼーっとしてきて、
その貴重な情報量をささやかな脳みそでどう受け取ればいいのかわからなくなってきて、
そのうち、ああこんな宝の館が土浦の近所にほしいのになあ、いや、いっそ
ここの博物館に住めたらいいのになあ。そこの納屋みたいので仕事させてもらって・・・。
なんて事を考え始めたら、
そろそろキャパオーバーの合図。
まあ限られた時間では良く健闘したかな。

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これは多分風俗というか近世の街の人の衣装の展示だったと思うんだけど、近づいてみると、


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マネキンが木彫りだった。
しかもそれがよくできている。
こんなところまで木で。
つくづくここはマイスターの国、
というよりやっぱりなんか真面目なんだな。
全てにおいて。


僕は美術館よりも博物館で刺激を受ける方が圧倒的に多くて、
実は今回の旅行中、美術館という場所に一度も足を運ばなかった。
なんてもったいない!芸術家としてそれはどうなのだ?
と、旅の途中もずっと自戒しつづけていたのだけれども、
許容量と刺激のアンテナに正直になって度々かんがみると
それもまあいいか、と、街を出る電車に乗るたびに
適当に開き直ったりした。
ドイツ人の気まじめさからみると、
お前のその適当さこそいかがなものなのだ?
と、たしなめられそうだ。
いやさ、フランス人いやいやイタリア人に比べたら僕だって
気まじめな部類だと思うんです(笑)。
そんな突き放さないでおくれよ。
僕なりに精進しますから。





posted by 前川秀樹 at 17:37| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

外はムシムシ中はヒンヤリ

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数日前の夕方のこと、
体の準備が整う前に突然やって来た猛烈な暑さに
ぐったり気味のところにメール。

「明日、日光 男体山に登りませんか?」

いつものサンペイくんから、
うむ、お誘いありがたし、
天気も回復傾向、山には登りたい、身体は動かしたい。
だがしかしなあ・・、確か男体山って、標高差1000mを、道のり5qとかで登る
直登ハードコースだったのでは・・・。

ちょっと、うーん。。。右膝に心配もあるし、準備も間に合わないし、
悪いけど今回はパスかな。

「ならば、自分の下山後、午後大谷石資料館で待ち合わせとか」

あ、それはなんか涼しそうな素敵プラン。
そこなら行きます。

で、その日は午前中だけ仕事して、午後に栃木県の大谷石の採掘場跡
大谷石資料館へ。

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地下の大空間へ降りると、気温10℃。なんと地上との温度差20℃。
半袖 上着なしは完全に失敗。
冷える冷える。
とはいえ、差し置いても迫力のあるスケールの空間を堪能できた。
足し算をしていくことで構築された建築物ではありえない。
すでにある地面から長い時間を掛けて引き算だけを続けることで、
出来上がったとんでもない人工洞窟。

現在ではコンサートや展覧会、映画やPV撮影にも利用されているらしい。
なるほど、そういうのにはうってつけの空間だ。

とはいえ、何事も過ぎたるはなんとやら、
いかんせん大きすぎる。
映像や音楽ならば良くても、彫刻や絵画には向いてないかなあ。
途中、仮屋崎省吾さん?字が違うか?の竹を使った巨大な(はずの)生け花めいたものが
神秘的(になるはずの)に青い光でライトアップされていたけれど、

う〜ん。なんか、なんというか。
申し訳ないが
しょぼい。というかそう見えてしまう。
青い光がいかにも安い作り物めいて、切ないったらもう・・。
作品それ自体は普通に相当大規模の造形物なのに・・・・。

舞台とのスケールが違いすぎるのだ。
ここは 西洋の大聖堂に比される事もあるようだが、
祈りの為という意図のもと作られた大伽藍で、有るべきところに配置された彫刻物と、
ただ石を切り出すという意図のもと、意図せず出来上がった大伽藍に後付けで置かれたそれとでは、
空間のなりたちと造形物との関係が正反対といっていい。
要するに後者は、後の侵入者の意図にはちっとも優しくないのだ。
結果、演出も何もあったものではない、脆弱な異物 
としてしか存在することが難しい。
光も壁の作りも天井の高さも全てが異物を拒む。

ここに一体何を持ってくれば、どんな力技を持ち込めば
この巨大なうつろを僅かでも満たし、空間がこちらを振り向いてくれるのか。
もはやさっぱりわからない。
そのくらい強く、何物をも歯牙にもかけないほどの大空間だ。
見上げれば、いびつに切り取られた地上への窓から差し込む光だけがほのかに暖かい。
高い湿度で淀んだガスを刺し貫くように、天使の梯子が見える。



延々と広がる地下の凍えたうつろについ心細くなって、
順路に時折ある案内板めいたものを照らす光に、ふらふらと近寄ってみれば、
いわく、
ここでは、ジェイソウルブラザーズのPV撮影が行われました。
いわく、
ここで、板野友美のPV撮影が行われました。
いわく、
あの石柱の前でエンヤさんが歌いました。


その痛々しいまでの宣伝アピール。それに反応して騒がしい団体客の影法師たちが
またなんともそらぞらしく作り物めいている。

この、地下で観る天使の梯子という稀な奇景を
ただぼうっと眺めるためだけに
ベンチの一つでも設置してくれればもうそれだけで気が効いていて、
素直に感動できて思索、内観にはもってこいの舞台装置なのになあ。
だってこのままで他に類を見ない場所だもの。

なんてことを思いつつ、
再び気温30℃の地上に出る。
あー、眼鏡くもってなんも見えん(笑)

そのあとは周囲の奇岩、石切り場の奇景(宝庫である)をチラチラ愛でつつ、
美味いそばで締め。
早朝からのハード登下山の後なのにサンペイくんは元気だなあ。
がっつり食うね。

けっこういい午後だったかな。
posted by 前川秀樹 at 14:16| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月06日

旅徒然その4

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街の城門から出て、タウパー川を渡る。
するとすぐに、また上り坂、そこからが森の始まり。

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有名な黒森、シュバルツバルトの一番はじっこにあるとはいっても、
このあたりの森は若く、深い、という感じはない。
トレッキングコースが整備されていて歩きやすい。

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カタツムリ、エスカルゴとは別種類だけど、食べるのかなこの国でも。

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これはコフキコガネ。の近縁種。こちらのは背中に粉がふいてない。つるんつるんだ。


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これはアワフキムシの一種らしい。しかしなんだこの柄は。
日本では見ないなあ。ダースモールアワフキと名付けよう。

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しばらく歩くと、あれ?森が切れてしまった。
畑も広いなあ。

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景色もいいからそのまま森の周りをぐるりと。


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お?森の縁に何かが立っている
何だか櫓のようなものが。
なんだありゃ?
そう言えば、パリからここまで来る特急列車の窓からも何度か同じものを見た。
決まってこんな具合に畑と森の境目あたりにポツネンと。

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さて、クイズだ。あれなんだ。
僕も知らない。
今こそ確かめるとき。


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人一人座れるほどの高い椅子っぽい。
しばらく歩くとまた次々と。

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これは屋根付き。

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このうちの一つに登ってみる。

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腐ってるかなあ、腐ってそうだけど。
まあ、大丈夫かな。

そろっと足に体重を掛けて確かめる。
あ、木はまだ大丈夫そう。
日本の気候だと、こんな状態だとまずまちがいなく
中までくさってぐずぐずだけど。
これが、気候の違い。
腐朽菌の種類だか生息数やらに差があるのだろう。
木が良く長持ちする。

さて、
つまりやっぱり座るものだよな、体育座りも出来る広さがある。
それに構造的にどう考えても座る向きは畑の方を向くのが正解だろう。
森を向いて、畑を背にすると丸見えの背中がすーすーして不安な気持ちになる。


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おお、眺めがいい。視界が広い。
ああ、何となくわかって来たぞ。


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この薬酒を連想したぞ。
イエーガーマイスター。ドイツではとっても有名な薬草酒。
甘くて、薬草酒としてはとても飲みやすい。柑橘系と合う。


旅の途中は毎日が問の連続だ。
だから頭を使う。想像力も使う。
忘れたようななけなしの知識を引っ張り出して繋げ合わせてみる。
言葉も習慣もこういった謎の造形物もクイズのようなものだ。
日本の日常ではまずこういうシンプルな、
考えたり推理したりするのが楽しくなるような謎にぶつかることは
極めて少ない。
なんでも知っているわけでもないのに、
日常を送るのに不必要な?は、自動的に視野から排除してしまう。
だから、まず自分が知らないことに気が付かない。
謎、に気が付かない。
それが日常というものだとしても、
これは言いかえれば、好奇心や探究心にたどり着くまでの正規ルートを
閉鎖して生きているようなものだ。

小さな  には、
つい便利な情報に頼ってすぐに答えにたどり着くから、考える、という
楽しい道を歩こうともしないで、なかったことにする。
あるいは、分かったふりをする。

うーん、反省すべきことだ。
もっとも、だからこそ、旅に出たくなるんだけど。
わからない、出来ない、知らない、その不自由さを徒歩で歩くために。
脳内の正規ルートがまだ正常に機能していることを確認ために。
丁度いい難度のクイズに沢山出会い、実際に手で触れて考える
少ない手がかりから答えにたどり着く。
不自由な言葉で知らない異国の人に訊ねてみる。
それが、旅のだいご味だ。


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さて、足も頭もちょっと使った。
また雨が降りそうなのでそろそろ街のホテルに戻るかな。


















posted by 前川秀樹 at 16:57| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月04日

旅徒然その3

南ドイツ ローテンブルクというかわいらしい街を歩く。
どんな様子かというとこんな様子。

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中世の街、とパンフレットにはある。
なるほどなあ、よく残っているもんだ、と感心したけれど、
これは復元だそうだ。
たび重なる戦乱によって破壊された街を、世界大戦後、
多大なる寄付でもって、かつての原型をできうる限り再現するという法律のもと再建された。
とある。
で、それを現在まで保っているというわけだ。
建築物に限らず街のなりも、使用される素材も技術も中世当時のまま。
便利で耐久性もある現代の素材の使用は最低限なので、
再建されてからも時を経れば当たり前に痛む。

全てが一から作ったわけでなく、それでも良く残っていたから、
再建しようということになったのだろうが、
それにしても、
古い方法でもう一度作るなんてよくもまあ、と思う。
そしてそれを保つとなると大変なことだろうに。

テーマパークと大きく違うのは、そこに、ずっとどの時代も
人の暮らしが息づいてきたというところだ。
そして、痛んだり欠損した部品を補完する職人の生産性も同時に、
保持され続けているというところ。
「それ風」と「そのもの」の差異を際立たせ続けることは並大抵ではない。

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看板も当時のスタイル。
さすがにそのままのデザインではあるまいが、鋳造と鍛金両方の方法が見られる。
鍛冶の腕も、それ風ではなく、手が込んでいる。
さすがはマイスターの国。

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吹き出し口のオニ?の表情が面白い。

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ここにも何やら異形の面が


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人魚、姫?いや、男だから人魚王子?尾が二股なのは人間度がやや高めという設定なのかな。
いや、単にシンメトリーにこだわった結果か。
マーメイドに対してマーマンという言葉は実際にある。


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それでこれがどうしても見たかった、15世紀の名巧
ティルマン・リーメンシュナイダー作の祭壇壁。

当たり前だけどこれ全部木組みである。
彩色は施されていない。
完成当時は、うっすらと淡い色が付いていたとの記録があるが、
繰り返しの洗浄作業の末に今は全く残っていない。
木という素材がむき出しである。
にもかかわらず、木が素材感をぐいぐい押しだしてくる、という印象は受けず、
むしろモノクロームであることで、何が彫られているか、
という“主題”が際立ってせまって来る。
500年を経てなお、目の前のそれは“材木”ではなく“物語”として
そこにある。


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この唐草とか一体どういう順番で、どんな道具で彫り出して そして組みあげたのか、
もはやさっぱりまったくわからない。
もう、ため息もうなることすらも忘れてしまう。
この祭壇壁の前に座って、長い長い時間、ただぼうっと呆けてしまった。

滞在中2度通ってまた呆ける。
後ろのステンドグラスからの逆光の具合で、祭壇壁はしばしシルエットになる。
目が慣れるとまた細部へと、知らず視線が動く。
その度、さらに細部の木目にまで目のピントを絞る。
何度も見直して、認識のレベルを下げてみる。

これは単なる昔の創作物で材木の塊にすぎないのだ。と。

しかし知らずまた押し戻される。
それは材木である以上に唐草であり、
あれは最後の晩餐のテーブルにつくキリストであり、
となりにいるのはペトロという人間にしか見えなくなってくる。
それは具体性を持った形が見る者の脳内へ訴える、すさまじい強制力だ。



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裏はまあそんなに彫ってない。見えないからね。

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長椅子の手すりにすら・・・・・・。


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木彫りがすべて彼の手によるものではなく、木組み、彫り物それぞれに職人がいる。
この地方の昔の人達はみんなこんなに超人的に腕が立ったんですか?!、と
途方もない気分にさせられて、ちょっとまた別の教会へ行き
ベンチに腰掛けると、


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あ、ゆる。ちょっと和む。
こんな感じのもあるんだ。
素材も松材のようだし、こういうのもあっていいんだ。

スッポンはゼニガメの小さきを笑い、タイマイの麗しさに妬くが
月と比べることはない
というけど、そうそう、いろいろあっていいんだよね。
旅先で真剣になりすぎも良くないから、ざっくり纏めてみました(笑)。

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通りの行きあたりで何やらにらみを利かせる気配が。
沢山の眼。これは、あれだ。
日本で言う百目鬼とか、鬼やらいのときの方相師のお面みたいだ。

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こういうの。


さて、明日は城門を出て、川沿いに森に入り込んでみようかな。
人の技に圧倒された時には、自然が一番だ。うん。





posted by 前川秀樹 at 20:16| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月28日

お山賑やか。

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写真大きすぎ!字小さい!
iPad未だに普通程度にすら使えない。
深刻なデジタルアレルギー。不甲斐ない。


朝、ペルピニャンでマニュアル車を借りる。慣れない左ハンドル。
田舎道なのに皆飛ばすとばす!
やめて〜!手加減してくれ。
道細い!右側崖でもガードレール無し。
ひー。怖いー!
でも山の景色はどうしても見たい。


小一時間後、やっと運転に慣れ始めた頃。
谷間にポツンと可愛らしい家が見えたから、眺めついでにちょっと休憩。
はー、空気が美味しい、なんて、ありふれた感想を恥じる。
空気が乾いているからか、
視界が異常なほど澄んでいる。
遠くの山肌の木々まで奇妙にくっきりと見える。
双眼鏡で覗く景色みたいで距離感が狂う。

それは多分向こうからこちらへも然り、のようで、
かわいい家から谷を挟んで大きく隔たる僕らに向けて、
さっきからずっと野太い声で吠え続けている犬がいる。
仁王立ちして。
はーい、おじさん達遠いですよー!侵入者じゃないですよー。
ハイキングの途中。ね、ヤッホー︎
まだ吠えてる。
番犬の受け持ちエリア広過ぎるだろ!
ああ、目を凝らして見れば、あれはどうやら本場もののピレニアンマスチフのようだ。
ピレネー犬といえば。走れ〜♩ジョリー♩
懐かしいなぁ。でもジョリーはあんなに勇ましくなかったように思うなあ。


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見えた。小さな修道院、あれがノートルダム ド セラボヌ小修道院。
とりあえずあそこまで行こう。

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あ!小型のタマムシが花に来ている。
日本では見ない種類。
みればあっちにもこっちにも。
タマムシだけじゃなく、ハナカミキリやハナムグリにハムシ。
初夏のピレネー昆虫祭り。
うわあい!これは、お昼までに修道院にたどり着くのは
困難になりそうだぞう。
いやはや困ったことになったなあ。(笑)
posted by 前川秀樹 at 06:22| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大都会酔い覚まし

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カタルーニャのゴシック。
ドイツバイエルンのそれと、こうまで印象が違うものかね。
黄金に対する異常な執着心めいたものを感じるなあ。
ドイツのそれは木という素材にある意味付けがありそうだけど、
カタルーニャのはむしろ素材の価値を恥じているようだ。
困ったことに、僕はどっちも好きだなあ。

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バルセロナはちょっと大きすぎて、
興味深い町だけど、短い時間では捉えきれない。
正直人いきれに疲れ気味。

なので、同じカタルーニャ地方でも、
電車で国境を越えてフランス側のペルピニャンという小さな町まで避難。
あー、落ち着く。

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夕飯はホテルのお兄さんオススメのビストロで。
おお!メニューが読める。
安い!
美味しい!
庶民派だなあ、とつくづく、、。
自然成分が圧倒的に不足していることを実感。
明日は山に行こう、ピレネーだ。
posted by 前川秀樹 at 02:50| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月26日

幻灯カタルーニャ 幻灯カタルーニャ

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南ドイツからパリに一度帰って、今度は南下。
今日はバルセロナあたりをうろうろ。
濃いなぁ、、、。カタルーニャ。

サグラダファミリアの聖堂の底で、
打ちのめされて、ただポカンと口を開けて、
天蓋を見上げるしかすべが無い。
それがまた、清々しい。

気温27℃
夏だ。



posted by 前川秀樹 at 05:12| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月11日

春木偶終了

第16回春木偶。
例年の春木偶よりも、約1カ月遅れでの開催となりました。
二日間とも夏日 好天でした。
遠く九州よりの参加者の方々を含め、
二日間で、のべ50人で枝を一心不乱で刻みました。

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先生もなにかずっと作ってます。


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今回は、ヤマモモと珍しいニッキの枝を彫りました。
会場中がシナモンの香りで溢れかえります。
手元から漂う木の香りは少なからず作り手のメンタルに影響があるように思います。

で、別の香りが漂い始めたな、と思ったら、お待ちかねのお昼です。

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贅沢な土器さんランチ。皆さんテンションあがります。

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つかの間の休憩の後すぐにまた製作開始。

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セクシーパンサーも見てます。

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空っぽの席、主は何処へ?

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何を撮ってるの?

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着色作業が始まると、ラストスパートの雰囲気が一気に。

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講評会が始まります。

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毎度のことながら、傑作、珍作、笑激作?のオンパレード。
今回も突っ込みどころ満載でした。

造形、表現の楽しさ、道具や素材との深いかかわり。
僕から伝えたい、大切なことは沢山あるのですが、

旅は3度味わうもの、とよく言いますが、
木偶もまた同じように3度楽しめることを心がけています。
当日を迎える楽しみ、当日の充実、ああ、楽しかった、という余韻、の3度です。
それは、そのまま僕自身の木偶の棒へのモチベーションでもあります。

会も早16回目。
最近では参加者の方々から、差し入れをいただいたりすることもしばしばで、
土器さんランチはもとより、3時のお茶や講評会の時のおやつなど、
やけに“食”の充実したワークショップになってまいりました。
もしかしたら、外からは、一体何の講座?
と不思議がられているかもしれません(笑)

ともあれ、僕は今回もまた沢山の“良い気”をいただきました。
その残り香を携えて、明日からちょっと出かけてきます。

皆さん今回もどうもありがとうございました。そしてお疲れさまでした。

次は秋木偶です。
それまでみなさん、ごきげんよう。
またお会いしましょう。

* 6月ルビジノは、都合によりお休みをいただきます。ご了承ください。





posted by 前川秀樹 at 11:54| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月30日

早夏日

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気温29度、
初夏というより真夏。
ほとばしる湧水、萌え出る山の青嵐、そんな文句に
いざなわれて、山方面にふらりと出掛けた、
虫散策目的としては実に半年ぶり。いやもっとかな?
同行人は千恵、と木偶講座でおなじみ、イガラシさん、サタケさんの3人。

目的はオトシブミの仲間、特にカエデの若葉や花に来るこれ↓


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イタヤハマキチョッキリ。

この写真の個体は今回のものじゃないんだけど、
栃木にももう居るはずなんだけどなあ・・・・・。
カエデの葉は一気に伸びて来たばかりといったところ、
いるでしょう、これなら。
網を振るう。網を振るう。また網を・・・。

全く気配なし。

駄目かー。

どうやら時期が1週間ほど早かったみたい。
昨年の記録を見なおしてみると5月10日とある。
その日は盛んに葉をまとめて揺り籠を作っているシーンが見られた。
正確だなあ虫時計。だいたいカレンダー通りだ。


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居たー?
居ないみたいー・・・。


結局、一日中うろうろして確認できたのは
僕に網に転がり込んできたイタヤハマキ雄1頭だけ。
まあ、ゼロではなかっただけよしとしよう。
1年、2年越しのターゲットだっただけに
ぜひイガラシさんに自分で採ってもらいたかったんだけど。
彼女の早い“チョッキリ立ち”を僕は望むばかりですよ。

ともあれ人の都合と虫の都合はなかなか合わないものだよ。

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これはよく似ているけど、ドロハマキチョッキリ。
このあたりのは緑色が鮮やかで美しい。
発生には4月というのは早すぎるけど、
フライング気味の個体だったのかも。
サタケさんゲット。これはお手柄ですよ。

他には
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ウンモンテントウ

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コニワハンミョウ

他、こまごまと。

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リンゴの花が満開。
田窪恭二の林檎の礼拝堂を思い出すよ。
実物は未見だけど。
いつか行ってみたいなあ。

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はい〜お疲れさんです。
収穫は思わしく無かったけど、楽しかったね。
山の気に触れるだけでもね。
さて温泉でも入って帰りましょうかね。

人の都合のほうで、今年のチョッキリ散策は
多分この日が唯一。うーん、残念。
来週ならなあ。

まあ仕方がない。
また今度ね。




posted by 前川秀樹 at 07:39| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月22日

たまには川へ

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連日の荒れ模様の空にさすがにうんざりしながら
アトリエにこもりっぱなしが続いていたけれど、

昨日、午前中にちょっといいのが完成して、
天気も急速に快方に向かいそうな予報。

よし、川に行くよ、ほら、用意して。
突然思い立って、
そのまま常磐高速道路に乗る。

愛犬チャイのお墓を作ってあげないとな、
と思いつつ、時間が過ぎるばかりだったので、
墓石になりそうなゴロンとした手頃な丸い石を探すため、
というのが、目的にするにはジャストサイズだ。
水辺が大好きな犬だったので、
こういうところの石がお似合いでしょう。

結局程よいモノを3個、選んで一安心。

せっかく近くまで来たので、
山ベテラン、いつものサンペイ君に突然電話。

「今 仕事?山?、え?終わったばっかり?夕方、ていうか今からお茶か夕飯どう?」
(事実上の呼び出し(笑))

人と話したり、好天の下ぼんやり河原に石を探して歩いたり、
長距離の車をころがしていたり。
そういう時、制作のアイデアとか、物語がポンと浮かんだりする。
停滞していた脳みそが僅かに動いて
物事について思索できたりする。気持ちは切り替わる。
貴重で有意義な時間。

そうそう、休息ってこういう時間を指して言う言葉だったはず。
定期的に、小刻みに、上手に作り出したいものだよ、
といまさらながら思う。
もう20年以上、こんな生活スタイル続けて居るけども、
未だ、解決を見ない
いつまでも付きまとう課題だなあ、本当。

ああ、
次は休息についてまじめに考える時間、
というのを目的にして、
丸一日、作業場から逃避するというのはどうだろう。



posted by 前川秀樹 at 07:38| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月07日

husk

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僕の制作や搬入など、もろもろの
手伝いを、もう長いことしてくれていた滝下達君が
初めて 自分の個展をすることになりました。

彼の最初の出しものは、ガラスの器です。
しかもこのガラス、全て、もと白熱球。

LEDの光に押されて、フィラメントの光は程なく
私たちの前から消え去ってゆくでしょう。

そんな白熱電球の器を彼は「光の抜け殻」と呼びました。
ぬう、なんともシャレオツな。

彼の住まい件作業場は 僕のうちから歩いて1,2分のところなので、
ここ1年ほどは、
ちょくちょく制作過程を見せに来たり 
見に行ったりしていたのですが
その試行錯誤、廻り道の奮闘ぶりはなかなかの見ものでしたよ。
会期中には作家を囲んでのお話会もあるようです。

緊張の初個展、ご興味の方は是非。


4月13日(月)〜18日(土)

ギャルリワッツ。

12:00~19:00 最終日 17:00 まで。


です。

posted by 前川秀樹 at 08:05| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月27日

ハラバイ

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夕方にコンビニにたばこを買いに出かけたときに、
道向いの高台の木立で一服していたら、

大人だか子供だかよくわからない人物が
赤土の山に腹這いになっていた。

トカゲの日光浴よろしくじっと動かない。
何かから隠れているのか、
と思ってしばらく見ていたけど、
彼が山の向こうの様子をうかがう素振りはない。
どうやら周囲に仲間は居ないようだった。
やがて彼は、
右手をのばして山のてっぺんに、
土の固まりのようなものを
丁寧に積み上げ始めた。
行為は、気まじめにずっと続く。
崩れては積み上げ、また積む。

そのあともしばらく見ていたが、

程なくして彼は赤土と一体になったかのようにうつ伏せになったまま
動かなくなってしまった。


何となく昔の自分の姿を
後ろからこっそり観察しているような、
妙な気分になって来た。
どことなく背中が似てる、気がする。

結局そのまま、動きがないので、
僕は観察をやめて、帰ってきてしまったけど、
家で漢和辞典をひも解いてみれば、

「這」 という漢字、 這う 腹這い 這回 etc...
 

辶 は分かるとしても 言 はなんでなんだろうなあ。
と思ったら、
漢字の意味自体は、「出かけて行って言葉をかける」
だそうな。
要するに、這 は相手への、丁寧なへりくだった、
あいさつの姿勢、を示すらしい。

なるほど、
やはり彼は、「孤高の腹這イスト」だったのだ。
彼は、目上の誰かに、あるいは赤土の峰に五体をなげうち、
精一杯の敬意で、礼を尽くしていたのだな。
想像通り孤高の腹這イストは
敬虔な祈りの徒でもあったのだ。

まあそんなわけは無いけど(笑)

丸顔坊主頭の怪しげな大人が自分の背中に
そんなやちもない想像を巡らせていたことなんて、
たぶん彼は一生知ることは無いだろう。

posted by 前川秀樹 at 19:00| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月19日

うらららうららの日

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川村記念美術館での企画展覧会

「スサノヲの到来」

を観て来た。

スサノヲという特異なテーマを軸に
縄文土器から始まって、神像、平田篤胤 南方熊楠 ときて明治から現代の作家の作品へという
壮大なレイヤーで見せる、実に見ごたえ食いごたえのある展覧会だった。
殊に現代作家の絵画、彫刻に関してはある意味衝撃を受けた。
表現の重厚さがずしんと胸を打つ。
観て良かったと思う。



「癒し」でない、「ユル」くない、「身の丈」ではない、「自然体」とはかけ離れている、
「暮らし」はない、「楽」ではない、「〜アート」とは呼びたくない。
そして「病」んでもいない。


時代の流行からは遠く距離を保ちつつ、まっすぐに澄んでいる。
よくぞこんな渋いラインナップを編纂できたものだ、
とそのキュレーション能力にも舌を巻いた。

そう、僕は、10代20代と、(失礼ながら)こういう流行から外れた芸術にあこがれた。
今回のどの作家も僕よりは年上の方々ばかり。
大正 昭和 平成の芸術。
高度経済成長からバブルにかけて、日本がいろいろな意味で元気だったころ、
社会で、芸術を叫ぶことが許された時代を芸術家として駆け抜け
今に至る表現者たちだ。

しかし一方、気になったのは、このラインナップに、
今の40代 30代の若い作家の作品が
加わっていないことだ。

最近の美術出版社の倒産、小中高、教育の現場での美術 音楽の授業時間の削減。
これからますます芸術の担い手の居なくなる社会の中で、
純粋芸術の世界はますます曖昧模糊として
ポジションを急激に失いつつある現実は否めない。

    
       *


先日ある陶芸家がトークショーの席上にて、

アートと工芸の違い?そんなものは無い!

と力強く発言するのを耳にした。

その差異分別は視点の位置によって分かれるところだが、
今回の展覧会を目の当たりにするにつけ、

上位 下位を言うのではなく、
器と彫刻はやっぱり別のものでしょう。
と単純に僕は思う。


 絵画、彫刻を大芸術、工藝や装飾美術等を小芸術、建築はその総合的なもの、
そういう分別の仕方は欧米では根強い。
大芸術 小芸術というのは、19世紀末、
生活と芸術を一致させようとした、アーツアンドクラフツ運動の牽引者
ウィリアム・モリスが頻繁に用いた言葉だ。

日本においては、
日本は小芸術の国である。
という考え方は未だ根強い。
陶芸では食えても、絵描きでは食えない、
とはよく聞く言葉だ。

明治に至るまで大芸術という概念は日本にはなかったといってもよい。
近代化に伴い大量に輸入された大芸術の概念は、現代まで150年にわたって
日本という環境の異なる土地で、在来種との混交を繰り返しながら
数えきれない人たちの手で育てられ守られてきた。
いい時代もあった。
しかし、
それが今、枯れかけている。
結局それは根づかなかったのだ、と
言い捨てるのは容易だが、
認めてしまうのはシャクだし、
なにより途轍もなく寂しい。


        *


選別の時代、といわれる。
パラダイム・シフトは今、
迫られている。
しかし、今、それを望むことは難しい。社会にも国にも。
一個人にはもとより、いくら寄り集まっても
そもそもヒトの力では無理なのかもしれない。

スサノヲは破壊と創造の神としては、
日本の神話の中で最たるものである。
緩やかな沈降も穏やかな時代の黄昏も、
少なくとも彼は望むまい。
スサノヲの到来は人には理解のできない「神の道徳」
によってなされる。

本当の期待、というのは、
自分に成す術が尽きた者だけに
使う事を許された言い訳だが、

「到来」への期待にすがるところまで
僕らはすでに至ってはいまいか?

展覧会の感動の向こうにふとそんなことを垣間見た日。
























posted by 前川秀樹 at 16:41| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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