2017年04月25日

君、独逸の鶏は何と鳴くのか知っているかね? クックドウルドウ KIKERIKI


P4080170.jpg

P4080169.jpg


 先日、鹿島神宮にお参りに行った帰り、
前から気になっていた鶏肉専門店に立ち寄った。
通販では有名なお店らしい。

鶏肉屋さんなのだが店内のイートスペースでいろいろ食べられる。

二人で親子丼とそぼろ照り焼き丼など注文。
なるほど、鶏肉の地味を損なわない程度の、いい塩梅の薄味の味付け。
こういう素朴な料理で美味しいと思わせるのは素材の自信なんだろうなあ。

鶏肉って流通しているのはほとんど柔らかい若鶏ばっかりで、
昔食べた噛み応えのある硬い親鳥の肉ってどこに行っても見つけられない。
西アフリカとかインドネシアとかまあそういう場所で目の前で捌いてもらった鳥が
噛めば噛むほどなんともじわっと味が濃買ったのをよく覚えていて、
時々無性にそういうゴリゴリ野生的なのが食べたくなる時がある。

P4080171 (1).jpg

店頭で聞いたら扱っているらしい。
今度絶対腿まるごと買ってみよう。
塩コショウとニンニクで炙ったら美味しいと思うんだよなあ。


水郷のとりやさん


ですよ。



posted by 前川秀樹 at 18:02| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月24日

花の房総へ

P3220162.jpg


 長い冬眠の時期が終わって
花の便りが届き始めたので、
制作のキリのいいところで一休み。
材料収集と英気補給のために出かけることにした。
行き先は南房総にした。

「家から日帰りもできなくはないけど、
旅気分を十分に味わうために、
あえて一泊お出かけシリーズ」

長い長い。花が散っちゃうよ。




P3220139 (1).jpg


P3220144 (1).jpg


P3220143.jpg


P3220166 (1).jpg



もうあっちもこっちも花花花。
ああ、茨城はまだここまでじゃないなあ。
なんだか気持ちまでぱあっと明るくほころぶような色彩。
夏の濃度とはまた違う控えめな鮮やかさがいい。




P3220145.jpg

街道沿いの花農家さんで妻、ポピーを30本購入。
さらに道の駅でカーネーションを2束。
お土産も兼ねて多めにね。





P3220134.jpg

むろんニハルのストレス発散も兼ねている。
一日中浜を全力疾走。若い。体力は売るほどある。
なぜか砂を食う。目を離したすきに死んだ魚や、
ブログ上なら間違いなくモザイクで自主規制やむなし級の
はばかりものの匂いを嗅ぎ齧る。
ここぞとばかり、飼い主としては嬉しくないこと
やりたい放題のお嬢。



P3220160 (1).jpg

P3220157.jpg

P3220148 (1).jpg


P3220152 (1).jpg


P3220128 (1).jpg


 南房総の館山あたりに足繁く通っていたのはもう20年くらい前。
海遊びに漂着物採集、温泉、キャンプ。当時の埼玉からは決して近くはなかったが、
勝手知ったる遊び場だったのだ。
仕事が終わってから夜から出かけたりしてた。
若かったんだなあ。
広くて変化に富む磯の風景はあの頃のまま。

ただ変わったな、と思ったのは、
小さな素敵風のお店が道沿いに増えたなあ、という印象。
田舎暮らしを志す若い人たちがたくさん移住しているのかもしれない。

不便ではあるけど温暖だし住みやすそうだからかなあ。

それから驚いたのは「道の駅」の充実度。
これは以前は一軒もなかった。

どこの道の駅も大変特色があって、
隣町のそれとキャラがかぶらないようにしているようだ。

あるところは海産物とマリングッズに特化、
あるところはフラワーガーデンと農産物に特化。
あるところは捕鯨の伝統を柱にくじら料理が名物、といった具合。

今回楽しかったので、看板を見つけるたびに立ち寄って、結局5軒のハシゴ。
食材をたっぷり買い込む。

こうやって自治体が町おこしで頑張っているからか、
若い人も移住してくるし、不思議と、
どの地方にも漂う独特の寂寥感はあまり感じなかった。
もっとも実情はよく知らないけど。

茨城だって首都圏からの距離は似たり寄ったりなのに、
こういう季節や土地ならではの活気みたいのモノには欠ける。
もっと頑張れよ。魅力度万年47位県。


P3220163.jpg

道の駅の鯵のヅケ丼が今回最後の食事。
津軽と甲乙つけがたい魚の旨さ。



さて、いい空気をたくさん呼吸できたおかげで気持ちも入れ替わった。
個展まで残り2ヶ月を切った。
制作はここからが正念場なのだ。






posted by 前川秀樹 at 20:41| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月17日

山怪

P2060474.jpg


 山と渓谷社から出版されている「山怪 弐」という本を読んだ。
マタギや林業従事者など山という異界で暮らしの糧を得る人々が体験した
なんとも不可思議な出来事が聞き書き形式で編集されている本だ。
壱が出た時にも面白くて一気に読み込んだ。

山には何かが居る。

すっかりその気になって午後から出かけることにした。
先日のこと。
遠くに行くのは道路状況が不安なので、近場の山で。

風の通り抜ける尾根道を息を切らせて登る。
冬の山は何だか棟上げ間近の建物みたいに遠くまで見通しが効く。
清々しく透明で不思議とほっとできる安心感がある。

P2060470.jpg

P2060462.jpg

ふと見れば足元に一面に散らばる石英の欠片。
周囲の岩から自然に風化して散らばったものではないだろう。
誰かが、ばらまいたものだ。
わざわざこんなところまで持ち込んでばらまけるような量ではない。
この近くで掘り起こし、何らかの理由で捨てていったものに違いない。

突き出た岩はほぼ全て花崗岩なので、石英はこの辺りのものだろうが、
普通の花崗岩はこんな風に大きな塊で鉱物が含まれることはなく、
粒は細かく均等だ。御影石のあのツブツブ模様の大きさだ。

ということはこれの元々はペグマタイトである。
ペグマタイトとはざっくり言えば
それぞれの鉱物の粒が部分的に
異常に大きく結晶した花崗岩のことである。

近くにその脈が含まれたものがあるのだろう。
と思って尾根道をちょっと外れてウロウロしていたら。

P2060464.jpg

あった。ウロが。というより穴?


P2060469.jpg

穴の入り口は砂というか土砂が大量に掻き出されたような斜面が。
いったいどんな妖怪が?

のはずはなく、紛れもなく人が掘ったものである。
こんな穴がいくつも口を開けており、
それが斜面にほぼ一直線に斜めにずっと向こうまで並んでいる。
おそらくこの穴の並びが鉱脈筋の傾斜なのだろう。

おっかなびっくり、そのうちの一つの穴に懐中電灯を差し入れ
体半分だけ這い入って、視線を上げる。
体半分だけとはいえごつんと落盤したらそれっきりである。


よく見えないので、好奇心が疼いて、もうちょっと奥まで這入ってみる。
さらにもうちょっと。
入り口は狭いが中は意外にも広かった。
人一人やっと、どころか、しゃがんだ状態ではあるが、
10人以上入れそうな規模である。

 ライトに照らされた岩壁には幅70センチほどで
帯状になったペグマタイト脈が地面と平行して走っている。
やっぱりあった。
白っぽい長石と半透明の石英を地色にして一面に雲母がキラキラと光る。
光の具合では川面のようにも見える。
ちょっと神秘的な眺めだった。こんな規模のものは初めて見た。
しばらくただ眺めて見入ってしまった。
ライトを動かす。
あかりの届くぎりぎりの暗闇にぶら下がる黒い塊はなんだろう?地中きのこ?
いやいやあれは蝙蝠だろう。ざっと8つくらい。
この低い天井であれがバタバタ飛んできたら嫌だなあ。
その奥の闇の深さにちょっとゾッとした。どこまで続くんだろう?

本当にこれを人力で?どれくらいの時間で何人で?
よく見れば、足元には錆び付いたタガネがいく本も転がっている。
これを重いげんのうで叩き続けて岩盤を崩し
それをザルのようなもので外へ運び出し続け
結果こうなったのだ。
凄まじい執念。
風化が進んだ花崗岩は脆い。
あの蝙蝠のあたりで、タガネの振動で
ズドンとひとかたまりの岩が天井から剥がれ落ちたら、
それだけで多分死ぬのだろう。生き埋めというのも嫌だ。
命の危険と引き換えにできるほどのものが
本当にこんなところに埋もれていたのだろうか?

ここは鉱山ではないから、
営利目的の開発やいわゆる仕事ではないはずで、
つまりは個人的な盗掘ということなのだろう。
何か目的のものを探し掘り出していたのだ。

P2060467.jpg

穴から這い出て入り口の外の砂利の中から見つけたのがこれ。

P2170494.jpg


P2170491.jpg

煙水晶の破片である。

これの綺麗な良品が彼らの獲物なのだろう、
あるいは緑柱石や大きな石榴石も出たかもしれない。
花崗岩ペグマタイトとそれらは縁が深い。

そして写真の破片はこの洞窟の製作者たちが捨てていったものなのだろう。
とはいえこれら弾かれたゴミから推察して、
盗掘者の獲物がそこまで希少な
上質の水晶であったとは考えにくい。
この辺が宝石の名産地なんて評判、聞いたことがないから。

僕には相場なんてよくわからないけれども、
いずれにしろここで産出するのは目の飛び出るような高価な代物ではないように思う。
ただ個人の趣味としてもっといい獲物が欲しかったか
あるいは暗闇でのその行為には中毒性でもあるのか。
いずれかの一心でタガネを打ち続けたのだろう。

ちょっと掘れば、あと10センチ掘り進めば、びっくりするものが出てくるの違いない。
あと1時間続ければすごいものが現れる。

その発想こそが山師のそれである。
山師とは元々相場師や賭博師という意味ではなく、
金属鉱脈を探して歩いた山人たちのことを指す。

山中の木立の隙間に
そんな人間の妄念みたいなものが今も漂っているような気がした。


こんな明るすぎてスケスケに見える現代においても、
謎や不思議や怪なんてどこにも居場所を失ったかに思える昨今においても、
なお
山は何かを隠している。

感想というより願望に近い。
だから山はいつも怖くて、どこかほっとする。

 今日 春一番が吹いた。


















posted by 前川秀樹 at 22:01| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月13日

yellow or green

P2050443.jpg


 1階の土間と千恵の作業場を仕切る壁に、
両開きの扉と窓枠を作りつけたのが2年前。

ガラスの無い未完成のままだったのだが、
先日ようやくにしてステンドグラスがハマり完成を見た。
ステンド制作は千恵。
格子にしてよかった。
うん、なかなかいい、と、
ストーブの前で自画自賛。

住処ができてから16年。
住みながら気がついたところをちょくちょく作り、
未だに少しずつ変化中だ。
まあ、完成を目指すつもりはさらさらないのだ。

作品作りという制作作業とそれ以外の個人的な手作業。
どちらも作業内容には決定的な差異はないのに、
後者はただ楽しい。
何でだろう?
それは動機(モティーフ)が違うから。
それはそうだ、が、
それにしてもこの気持ちの持ちようの真逆感は
ずっと持ち続けている謎だ。

いや言い換えれば、作品制作が楽しくて好きで仕方がない。
と常々感じられるとしたら、
それは自分がなんか違う鉱脈を掘っている黄色ランプ
なんじゃないか。と、ひねくれて思う。

自虐と不安が、
可能性のある鉱脈掘削の
グリーンランプのような気が最近するなあ。



posted by 前川秀樹 at 19:19| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

ルビジノバザールのお知らせ


IMG_0309.jpg


霞ヶ浦のセルフギャラリー、バトー・ルビジノ。
すでにお知らせしました通り、
先月をもちまして、おしまいになりまして、
ぼちぼち片付けを始めました。

そこで、ルビジノで長年使った備品のバザールをやろうと思います。

日程  12月18日(日)19日(月)

時間  両日共10時半より日没まで

場所 バトー・ルビジノにて  茨城県かすみがうら市加茂3370 ←この住所でカーナビでほぼ隣の家までは来られます。



椅子とかテーブル、食器、昔前川が製作した生活道具(椅子とかランプとか)の他に、
うちで使っていたユーズドの椅子とかガラクタとかそんなものも一緒くたにバザリます。
像刻作品のようなものはありませんよ。念のため。

ルビジノのかけらを引き受けてくださる方、
興味のある方は是非いらしてください。
最後です。
お待ちしていますよ。





posted by 前川秀樹 at 20:46| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

呉逍遥

 九つあるという嶺の一つから眺めると、
足元の先の裾野は常盤緑からいつしか黒鉄の地面へと変わり、
やがて穏やかな瀬戸に曳く小舟の淡い青の航跡へと繋がっている。
不思議なグラデーションで彩られた眺め。
懐かしい街。


PC050223.jpg



PC020038.jpg



PC020046.jpg



PC050251.jpg



PC050221.jpg



PC050252.jpg



PC050259.jpg



PC020095.jpg



PC020049.jpg



PC030100.jpg



PC020058.jpg



PC030097.jpg



PC020037.jpg



PC020030.jpg



PC030151.jpg



PC030155.jpg



PC020034.jpg



PC050240.jpg



PC050238.jpg



PC050228.jpg



PC050263.jpg



PC020072.jpg



PC020078.jpg


PC020062.jpg


PC020063.jpg


PC020028.jpg



PC030103.jpg



PC010019.jpg


PC010013.jpg



PC020093.jpg




鋼、黒鉄、鉄錆それと旨い魚、
瀬戸と水兵さんたち。
先の戦と職人魂
戦艦とB級グルメ
ここにしかないものがたくさんあった。

ちょうど今公開中の映画の舞台にもなっている。
どこも絵になるちょっと異国のような眺めの呉。
今度来るときは写真器片手にゆっくり歩きたいなあ。
護衛艦にも乗船してみたいものだなあ。


posted by 前川秀樹 at 00:27| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

呉木偶終了しました!

PC020084.jpg

初の広島県呉市での木偶の棒講座。
無事終了いたしました。

主催してくださった方も初めて。
参加者の方々もみんな初めて。
僕自身、呉を訪ねるのも初めて。

何もかも初めて尽くしの木偶の棒でした。
堅い木にみなさん悪戦苦闘、
しかし初めての良さ、というのもままあるもので、
初日と二日目の最後には呉の港を見下ろす素晴らしい夕日のロケーションをバックに
非常に個性的でユーモラスな木偶が出揃いました。
最初はただの枝だったものが、最後にはそれぞれ、
なんともその人らしい木偶になってゆくのが本当に不思議です。
やりますなあ。


PC040162.jpg

材料は呉産、時間をかけて頑張って集めてくださいました。


PC040171.jpg

PC040159.jpg


PC030117.jpg


PC040180.jpg

PC030113.jpg

PC040167.jpg

PC030129.jpg


PC030143.jpg

PC030123.jpg

PC030125.jpg

お昼だ!カレーだ!



午後も頑張ります。そうじゃないと終わらないからね。

PC030141.jpg

寝っ転がって彫るんじゃありません。


PC030145.jpg

お掃除ありがとね

PC040182.jpg

PC030107.jpg

PC030138.jpg

PC040189.jpg

PC040173.jpg

PC040165.jpg

PC040166.jpg




着彩ですよ。これがまた難しい。

PC040188.jpg

PC040186.jpg


さて、講評会です。

PC030148.jpg

PC040195.jpg

PC040160.jpg

PC040209.jpg

PC040210.jpg

PC040201.jpg

PC040208.jpg

PC040199.jpg

PC040206.jpg



広島はギャラリーたむらさんの像刻個展でご縁ができて、いつの間にか長いお付き合いとなります。
今回はそこからのスピンオフというか、培ったお付き合いを苗床に
新たな芽吹きとなって、木偶ワークショップが実現しました。
広島市内でなく少し離れた呉での開催です。
そういう何やら面白そうな匂いのする新芽には僕は目ざといんです。
珍しく二つ返事で受諾。
お話をいただいてから、わずか半年での実現となりました。
うまくいく良いご縁というのは不思議とトントン拍子で話が進むものなんです。

いずれにせよ、主催してくださる方々の熱意や実行力の受け皿あっての機会ですので、
僕の方も仕込みにこそ手間はかけましたが、
現場に入ってからは招かれるまま何もかもお世話になりっぱなし。
おかげさまで何とも濃厚な4日間を過ごさせていただきました。
今回のように首尾が全て楽しく充実の思いで終えられたことには全く感謝しかありません。

さて、呉木偶、どうやら今回が第1回、と名打つことになりそうです。
来年、第2回計画中なんですよ。

皆さま、楽しかったですか?
今頃大多数の方々が筋肉痛に悩ませられていることでしょうが、
これに懲りずにまたお会いしましょうね。
次はどんなのを彫りますか?

どうもありがとうございました。


PC040216.jpg


PC020089.jpg









posted by 前川秀樹 at 22:14| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月30日

バウ・ルー

PB300086.jpg

 はあ?ホットサンド〜〜?
なんだそりゃシャレオツだな。
そんなもののためだけにこんな専用道具買う?
へ、しゃらくせえ!

とあからさまに小馬鹿にしていたちょっと前の僕に
今は少々反省を促したい。


結局、千恵の強い押しで購入。
いざ試運転。

八枚切りの食パンに、具はハムとスライス玉ねぎとチーズ。
二枚目は、しらすマヨ和えに細切れベーコン。

お!?おお!?
なにこれ美味いんじゃない?
これが本気のホットサンドなのか。
食感はあの食レポでよく聞く、外はカリッ 中はふんわり(笑)
とかいうやつだ。


具はピザ風、パニーニ風、サラダ風 ひき肉でピロシキ風 和風 スイーツ風 なんでもあり。
挟んで焼くので中が蒸し焼きになるのがこれのミソなのだろう。
温めているだけなのに、どんな具でもそれなりに美味しくなる不思議。
昨夜の夕飯の残り物でも挟んで焼けばそれっぽい一品になる。
この万能感。

はい、なめていました。
野あそびの時にコンロの熱があれば、温かいものが食べられ、
しかも容器要らずなので洗い物が出ない。焚き火でも多分出来そうだ。
これは外で便利だと思う。
火加減に慣れるまでちょっとコツが要りそうだけど。


なのに購入から一ヶ月あまり経過した今でも
うちでは一度もアウトドアでの使用の機会が訪れず、
インドアユース専門道具になっている。

アウトドアショップなんかで色々と吟味して、
結局一番オーソドックスなこの定番を選んだ。
イタリア商事のバウ・ルー
名前も箱のデザインもイカす。

山とか海辺で活躍するのはいつになるのか、、、。


明日12月1日から広島行き。
初の呉木偶ですよ。




posted by 前川秀樹 at 16:41| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

にいなめさい

PB230067.jpg

あなた、ちょっとそこに にいなめさい 。
ではなく、新嘗祭とは宮中行事で収穫感謝祭だ。

 山友のサンペイくんの本業は山岳ガイドでは決してなく、
ヒヨコの鑑別士なのだが、年に一度の全国技能競技大会で昨年、なんと優勝してしまった。
同時に農林水産大臣賞を個人で受賞した。
大変に名誉なことだ。
そういう名誉を冠する全国各県の農水産業に携わる方々が、年に一度招待されるのが、
東京、明治神宮でのこの新嘗祭だ。
ちなみにサンペイくんは栃木県からの参列。

で、彼に誘ってもらって、僕と千恵も同伴者として何食わぬ顔で参列させていただいた。
なかなか無い貴重な機会だし好奇心で。

PB230022.jpg

境内のどこを見てもお供え物だらけ。さすがの収穫祭。

PB230027.jpg

過積載で沈没必至の作物船。
帆が葱

PB230035.jpg

宮司さんたち入場。
参列者400人って言ってたかな。
葱さんに、いや禰宜さんに説明を聞いている間もじわじわ足元から冷えが....。
寒い。最後まで耐えられるだろうか。

PB230034.jpg

どーん!と始まりの大太鼓が響く。
楽師さんの笙の音がそれまでの会場のざわつきを細く鋭く、収めてゆく。
大きな音ではないのに、脳に直接来るなんとも耳から離れない奇妙な粘度がある音色だ。

風が吹いた。
緑青色の破風ごしに見えていた楠の葉がざあっと揺れた。
続いて、屋根の左の葉がざわりと強くうごめく。
ざわりざわりと、
何だろう。

多分、単にこちらの注意力の問題。
会場が静まったから、そういう些細なことに気がついた。
それだけのことなのだ。
しかし、舞台が整えられ、上手に場の雰囲気に飲まれると、
僕みたいな単純な人間は、そうは捉えられなくなって、

「おお、今、ナニモノかが降りた」

と解釈してしまう。

もっとも祭り事というのはそんなふうに素直に雰囲気に飲まれる方が、
作法として理に合っている。と思う。

PB230061.jpg

巫女さんたちに衣装も、これまた見た事のない雅なものだ。
シルエットも仕草もこれはモチーフは
鳥なのかもしれない。
巫女さんは4人。
4、安定の数字。中心を作らない。四神。 方位。 他は何だろう、、、。
まあなんか全部に意味があるのだろう。

PB230058.jpg

11月にある収穫祭、刈り取りの終わった田んぼに降り立つ渡り鳥なのか、
そんなことをぼんやり幻視してたら、突然本殿の上の空にざあっとカラスの群れが舞った。
うん、惜しいな、カラスか。

とはいえつい忘れてしまいがちだけど、ここは東京のど真ん中、
山道を抜けて大鳥居を出ればすぐに原宿駅、
キャストにカラスはやむなし。か。

PB230077.jpg

PB230082.jpg

式典は1時間足らず。
粛々と儀式は終了。月並みだが何とも神秘的な時間だった。
境内のあのざわめきは本殿前にはない。
こちらとそちらは違う場所ですよ、
という言葉なき空間分別を結界という。

ここを出れば全く何事もなかったかのように、また日常がある。
ハレとクモリとケ。
参列者の心を切り替えるのがマツリというけじめなのだ。


それにしても、冷えた。
今夜は東京で11月にしては50数年ぶりの初雪になるという。
僕らはこの後何もないけど、サンペイくんどうするの?

今日はこの後、岩手まで行って明日そこで鑑別です。

うわあ。多忙だなあチャンピオン。

しっかりにいなめさい。

お誘いありがとね。















posted by 前川秀樹 at 17:40| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

初冬の津軽 その2

tsugal 1010 (144).JPG

tsugal 1010 (148).JPG



鉛色の空、砕ける波頭、頬を打つ潮まじりの寒風、時折容赦なく背中を打つ雨礫。
手がかじかむ。



こんなところで何をする?

そんなことは決まっている。

石を拾うのだ!



tsugal 1010 (136).JPG


tsugal 1010 (138).JPG


はい!今日はこのポイントで探すです。寒さが耐えられなくなったら各自、車に避難。
さあ散って散って。


tsugal 1010 (118).JPG

石もフグも渾然一体。



tsugal 1010 (198).JPG

ニハルはもう大喜び。初めての海で走る走る。

が、次第に誰もかまってくれなくなって、、、



tsugal 1010 (213).JPG


おいてきぼりな立場に。ほら、皆集中してるから。ここは空気読むのも経験だから。


tsugal 1010 (141).JPG

tsugal 1010 (139).JPG

石浜に流れ込むほんの小さな沢に、鮭が遡上しようとしていた。
こんな小さな沢で生まれたの?本当に?
あなた、どこかと間違ってない?
だって他に来てる鮭いないじゃん。
多分お腹にはイクラたっぷり。
でもまあ、今、僕らそこまでワイルドな旅じゃないから、
捕まえたりしないよ。安心してくれ。
手助けはできないけど応援するよ。
間違いじゃないなら、あと少し。頑張れ。


tsugal 1010 (134).JPG

すごい風景だなあ。
北の果てだなあ。


さて、一休みしましょ。
珈琲でもいれて。


tsugal 1010 (130).JPG


tsugal 1010 (224).JPG


かまってちゃん犬を尻目に
ああ、珈琲美味しい。土器さんが持ってきてくれたAPOCのクッキーいただきましょう。
青山の味を青森で。あ、昨夜五所川原で買ったベルギーチョコもあるよ。
それとさっき道の駅で買ったしじみせんべい。
何処なんだここは?


ところで皆さん成果はいかがですか?

tsugal 1010 (219).JPG

こんな感じ。

おお、メノウが結構あったね。

tsugal 1010 (209).JPG

最後に記念に一枚。



tsugal 1010 (226).JPG


土器さんを空港に送る途中で立ち寄った、十三湖そばの道の駅でお昼ご飯。

やっぱりここは定番「しじみラーメン」でしょう。
あっさりでコクスープに細ちぢれ麺。
中華でもなく、お吸い物でもない。
なんとも上品な滋味あふれる美味しさがある。

十三湖は入口を日本海に開いた汽水湖だが、
海でもなく川でもない、混ざり合う“あわい”というのはなかなか奥深い。




tsugal 1010 (192).JPG




重なる石を手でガラガラとさらうと、また違う顔の層が現れる。
またさらう。また別の石達が表情を醸す。
未知のページをめくるようで、先が見たくて何処までもめくり続けたくなる。

 
 冬が始まる津軽の風景もまた良かった。
青森市内の棟方志功の記念館にも立ち寄った。
そこで流れていたビデオ。


tsugal 1010 (96).JPG

 
 広いただ広い真っ白の平野を吹き抜ける地吹雪。
海も地平も空もその境目をなくして全てが白と鉛色に帰してゆく。
びょうびょうとやむことのない風の音に、
高橋竹山のたたきつけるような強い津軽三味線の音が重なってゆく。


これが、長い冬の津軽のスタンダードの景色なのだろう。


一度来てみたいような、恐ろしいような。
石がきっかけであったけれども、そこからこの土地の奥行きに
気が付き始めて、もっと覗いてみたくなる。


 地蔵が多い。
五所川原近辺の田畑の周囲に雪囲いを施した地蔵の集団が沢山ある。
人の数よりも多いかもしれない。
どの地蔵にもおしろいが塗られ、化粧が施されている。
化粧地蔵と呼ばれる。
それほどまでに子供がたくさん死んだ時代があった。


縄文時代は大変に豊かだった。
古代、中世とまだ豊かだった。
ロシアや大陸との交易で大変に栄えた港もあった。

けれど近世。豊臣から徳川の時代。特に江戸期。津軽は貧困にあえいだ。
米を作らねばならなかったからである。
当時は米がすべてであった。米が金と同等だった。
いくら平野があろうとも、約5年に一度は訪れる冷たい風
「やませ」がもたらす冷害のたびに
人々は飢えた。飢饉をこちらでは「けかち」と呼ぶ。

交易や林業、漁業や狩猟でそれを補えば、けかちは免れられたであろう。
米だけを作るから飢饉がある。
しかし、中央との繋がりや協力なくしてこの地は成り立たない、と考えた
津軽氏は代々にわたって、何かに取りつかれたようにひたすらにコメ作りを推奨した。
土地の生産可能な能力をはるかに超える、不釣り合いな石高を毎年幕府に納めた。
相当な無理を強いた。土地にも人々にも。
だから津軽藩の城 
弘前城は四万石から一〇万石の石高では考えられないほど造りが立派だ。
ひっそりと群れたたずむ化粧地蔵達と華麗な桜花の城のアンバランスさこそが津軽だ。



 そういう富裕と貧困の交互層を足もとに踏みしめ、
複雑な事情を心の内に秘めて、この風土で人々は生きて来た。

 棟方志功のあの狂気的に強烈な線はその厚い層を貫き通して、昭和の時代に咬み付いた。
今回、そのあまりにてらいのない延びる線に、僕はたじろいだ。
恐ろしくなった。喉がやけに乾いて何度も唾を飲み込んだ。



 今回は三内丸山遺跡にも足を運んでみた。
大ホールとも呼ぶべき竪穴式住居の威容に飲み込まれそうになった。
奥深いと思う。
次々と層を知りたくなる。


 いつも泊るホテルに白髪の送迎運転手さんがいる。
鼻筋がしゅっと通っていて、なかなかのハンサムだ。
ホテルは繁華街からちょっと離れているので、
頼んで車で連れて行ってもらう。
そのおじいさんの津軽弁の抑揚がなんとも好きだ。
全部に節があって、謡うようにはなす。

「昨夜はずいぶん降っでたがら、出かけられなかったのでしょう」

そういう意味の短い文章に節が付く。
文字では残念ながら再現できない。
ふつうのはなしことばが民謡のようだ。


朝、ご飯をよそってくれるおばちゃんの声もいい。
バイキングスタイルなのに丁寧によそってくれる。
背筋がしゃんと伸びていて、いつも赤いセーターを着ている。

「はい、お粥たっぷりだったね」

「行っでらっしゃい」

なんだかそれだけで耳が暖かく嬉しい。

 さて今度は津軽から何を学ぼう。






















posted by 前川秀樹 at 18:00| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

初冬の津軽 その1

tsugal 1010 (13).JPG


また林檎の国津軽までやって来た。
もはやナニモノカに取付かれているとしか言いようがない。
前に来たのは初夏。林檎の花が終わりかけていた。
景色は一変。
たわわな赤果の隙間をつめたい風が吹き抜けている。



tsugal 1010 (25).JPG


残念ながら天気には恵まれなかった。
秋の空と冬の空が入れ替わる丁度今週はその端境期といったところ。
毎日晴れとにわか雨。かと思えば霰が地面を打ちつける始末。

岩木山もなかなかその全容を現してはくれない。

tsugal 1010 (68).JPG

何処を見ても林檎リンゴりんご。
無人販売所もあちこちに。3個で100円。
産地なんだなあ。


産地だからこんなのも売っている。


tsugal 1010 (79).JPG

各農家さんが作っているのだろう。
美味しい、が甘い。ほんとの100%ってこんななのか。
ジュースとしてよりはシロップ的な使い方が合いそうだなあ。


他にも道の駅はにぎやかだ。


tsugal 1010 (76).JPG

お土産とか、お昼の食料を物色中の二人。


tsugal 1010 (80).JPG


可愛い。何だろうね、巻き寿司?

幸い雨は上がったので浜に出てお昼にしようかね。


tsugal 1010 (91).JPG

tsugal 1010 (93).JPG


人っ子一人見当たらない海岸。
寒いー!
早く食べないとご飯もなにもかもうっすら砂をかぶり始めているよ。
そして、豆おこわも巻き寿司状のものもいなり寿司もキャベツを巻いて甘酢に漬けたものも、
全部甘い。
まあこれはこれで美味しいけれども・・・。

ああでも、今夜はスウィーツじゃなくて熱々の何かを食べることにしよう。



tsugal 1010 (106).JPG


やっと岩木山見えた。



tsugal 1010 (116).JPG


そうそう、こんな感じが欲しかった。
五所川原の居酒屋「釣吉」

魚がおいしい。味付けもいい。盛りがすごい。でおまけに安い。
定番のお造り盛り合わせから
ホタテの大きな貝殻を皿にして、味噌とか出汁とかとき卵とか、を混ぜて焼く
貝焼き味噌。ここのはアワビが入ってた。
さんまの揚げ浸し。
鰺のなめろう。
サービスにスズキの頭の唐揚げを出してくれた。
etc・・・・・・

油断してた。
テーブルから皿がはみ出てしまった。
どれも白いご飯との相性抜群に違いない濃いめの北国の味付け。
なのにご飯ものまでたどり着くことはとうとうできなかった。
こういう場所では、まず3品くらいたのんで様子を見るのがいいんだな。
誰も止める人が居ないんだもの。
3人しかいないのに。

日本酒にはどれもぴったりだったな。
さて、暖まった。
今日はこれまで。また明日。




posted by 前川秀樹 at 16:22| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月14日

セキニンとハリアイ

0911 (84).JPG


うちに新しく同居犬が来てひと月になる。
生後6か月のオーストラリアンラブラドゥードゥル(長い!)の雌。
名前は「ニハル」

先代のラブラドールのチャイは表情が極めて豊かで自己主張が強く、食欲も常に旺盛で、
何事にも物怖じしない勇敢な犬だった。
それに比べてニハルは穏やかで、甘えん坊、臆病で なんでも控えめ。
正反対の性質と言っていい。
個性というものが非常に顕著に表出するのが犬という動物なのだ。
だから面白い。


今日も朝5時にむくっと起き出し、
寝ている千恵に、激しいボディーアタック&ジャンプを繰り返す。
「起きて! 遊んで!」
かなりのハードタイプ目覚まし時計だ。
ちなみになぜか僕の方にはほとんど来ない。

17年生きた先代チャイが亡くなってから2年余り。
約2年間、ぽっかりとおおきく抜け落ちた穴は、切なくはあったけれど、
同時にホッと気楽だった。
 
 再び犬がこちらの暮らしに入りこむことによって、束縛や制限はできる。
けれどもただ愛情を一心に向け続ける対象が暮らしの中に存在することは、
甲斐があってやっぱりいいことだなと今また思う。




posted by 前川秀樹 at 07:47| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月02日

秋木偶 参加者募集のお知らせ!

0921 (22).JPG



お待たせしました!
恒例 秋の木偶の棒ワークショップ。参加者募集です。
今回で第19回目となります。思えば長く続いたものです。

日程は9月24日(土)25日(日)。
場所はいつもの青山DEE'S HALL にて。


始めてなのですが、大丈夫でしょうか?
不器用なのだけれど、参加できるだろうか?
彫刻刀なんて小学校以来なんだけど、、、。
と迷っている方でも、尻ごみする必要はありませんよ。
なに、たいていどうにかなるものです。

作品をつくらなければ、と気負わずに、秋のはじまりの一日二日
無心で自然の木の枝を向きあって格闘してみると、
色々と意外なことが分かるかもしれません。
僕自身は、来る日も来る日もそうやって過ごしているんです。

さて、今回の募集開始は

9月5日(月曜日) からです。
DEE'S HALL のHP、EVENTに諸々の詳細とお申込みメールフォームが5日にアップされますので、
そちらをご確認の上、ぜひお申し込みください。
道具をお持ちでなくとも、こちらに全部そろっていますので、
基本的に手ぶらでも大丈夫です。
土器さんのつくるランチも絶品ですよ。


それでは今月末に、青山でお会いしましょう。


posted by 前川秀樹 at 22:55| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

通過中

0822.JPG

台風9号が丁度、今まさに真上を通過しているらしい。

台風の目の向こうに青空が見えて、風が向こうとこっちで逆に吹いている!
みたいなのを期待していたけど、
家の窓から見上げている限り
なんかそういう空の異変はぜんぜんなかったな。


にしても猛烈な雨風だ。
時折風の塊がずどんと2階の壁にぶつかって窓がきしむ。
地震かと思ってその度身構えてしまう。
防災無線は、市内に停電が発生している様子を伝えてくる。
川の様子は見に行かないように、とも言っている。
見に行っちゃう人が実際居るんだろうな。 
足を運んでもつい見に行きたくなるのが異変。
様変わりした一時の風景。
人ってどうして危ないことをしたがるのか。
いや、好奇心のせいで危険を具体的に知らないことを忘れてしまうんだな。
うん、禁止されればされるほど見に行ってみたくなってきたなあ。

・・・・・まあ行かないけど。

低反発素材製の彫刻家だから。

でもこの閉じ込められている感はもやっといやなものだ。
とっとと行っちゃってくれよ9号。



posted by 前川秀樹 at 17:04| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

瑠璃色と旧交

0809a.JPG


 今から、10年以上前だったか、
大学で同期だったヨシカワ君(僕は下の名前でタミちゃんと呼ぶが)
は、カミキリ採集を始めた。
あこがれのカミキリムシは鮮やかなセルリアンブルーに大きな黒の水玉、ルリボシカミキリだった。
当時、彼の携帯電話のアドレスもruriboshiだった。

時が経って、3年ほど前、僕の個展に来てくれた時に聞いてみた。

「その後ルリボシは見つかったの?」

「いや、実は一度も見てないんだ、結局学生の頃、白馬で君と見たやつが唯一で最後だね」

なんと!だとしたらそれはゆうに30年も前の記憶の残像ということになる。
僕と彼は学生の頃、白馬の山荘で夏中バイトをした。
その時に確か薪置き場で僕がそれを見つけたのだった。
個展会場で会話をした時点では、
すでにカミキリ熱はすっかり冷めていたタミちゃんであったけれども、
ルリボシだけはよほど心残りだったと見えて、
僕が、
「いや、行くとこ行けば今も居るって、夏に捕まえに行く?」
と言ったら、二つ返事で「行く」となった。

けれども彼は今やかなり成功した部類の画家であり、とにかく多忙なのだ。
僕とも夏の予定が合わず、なかなかその約束は実現しなかった。
お互いアラフィフとなった今、昔のように気楽に遊べるはずもない。
まあ、そんなものか、と僕は半ば諦めかけていたのだけれども、

それが先日、ひょんなことから叶ったのだった。

すっかりおっさん同士になってしまった二人の日帰り冒険である。
とは言え彼にしてみればやっと取った休み。
ガイド役の僕としてはなんとか口先だけでなく、
結果を残したいとプレッシャーがかかる。
色々と考慮した結果、行き先は栃木方面に決めた。

いるかなあ、いるはずなんだけどなあ。
特別地区や特別保護地区の多い栃木の山間部。
それを避けながらの有力ポイント設定はそれなりに手間がかかる。
もっとも時期的にも全く問題ないし、盤石のコースラインナップのはず。

しかし、

居ない。
早朝から廻った最初のいくつかのポイントでは気配すらない。
山で伐採された広葉樹が積み上げられた場所を土場と呼ぶが、
そういうところにカミキリムシは産卵にやって来る。
産卵にやって来るカミキリムシの活動が最も盛んになるのは夕方だが、
午前中はじっとその上に止まったままの姿が見られる、
はず。
なのに、
ターゲットのルリボシカミキリどころか、
他にも見られるはずの幾種類ものカミキリムシの姿も全く無い。
なんというかあっちもこっちも、からっからに乾燥している印象なのである。

雨、降ってないんだなあ。
ダムを覗き見れば見事に底の泥は深くひびわれたあり様。
首都圏が取水制限もされるわけだ。

昆虫の気配の無さはこの乾燥と無関係ではあるまい。
おまけに、どの林道もどの沢もなぜか大規模に補修作業がなされている。
ああ、そうか、そうだった。大規模豪雨。
昨年9月、あの常総市の鬼怒川堤防を決壊させた豪雨が集中したのは、
上流のこのあたりなのだった。
道理で荒れ方がひどい。

生き物の生息環境に少なからず影響があったとしても不思議ではないのだ。
結局、午前中廻った何処にもその姿は見つけられなかった。

「どうも、今日は見つけられる気がしないよ」
「うん、そんな感じがして来たよ。また来年チャレンジかね・・」

「まあこれが現実ってやつかね」
「そうだね、上手くいかない方が当たり前なんだよね」

すっかりダウナーな二人の中年。
半ばあきらめムードで沢沿いの蕎麦屋でもりそばをたぐる。

あと一か所が大本命ポイントで、もしそこで見つけられなかったらもう今年は無理ってことで
反省会ね。
ああ、大見え切ったのにどうにもばつが悪いなあ、すまんタミちゃん。
と心でつぶやきつつ、ラストポイントへ。

でも、無理だなあ、と落ち込んだところにピンポイントヒットするのが、
ドラマのお約束。
その落差があってこその感動。
現実も捨てたものじゃない。

居ました!
あっちにもこっちにも。


0809a (4).JPG


やー、居たね。実に30年ぶりの再会だ。

セルリアンブルーよりはやや淡く、ブルーグレーよりはずっと鮮やかな瑠璃色。
空の色、水の色。
青ははかなくて遠い。そしてせつない。
緑色の昆虫はいるが、青い色の昆虫はなぜか非常に珍しい。
やっぱりこのカミキリムシは特別な昆虫に思えるよ。


0809 (11).JPG

採れた?  うん、動かないから楽勝。

0809a (5).JPG

「やっぱりね、失敗の後の成功体験って必要だよね」

とタミちゃん。
よかった。ミッションコンプリート。僕の肩の荷が下りた。


さて、あとは温泉につかって明るいうちに帰ろうよ。


 ああ、昔、良くこうやって一緒に遊んだっけね。
風呂の無いアパートも一番近かったしね。
思いだす。
車中色々な“今”の話をした。
ゆっくりのこんな時間は本当に珍しくて懐かしい。
でも互いに昔通りのことなんて一つもない。
彼だって、今やすっかりお父さんだ。
学生じゃなくなって、もう四半世紀の時が過ぎてるんだもの。
それでいいと思う。その方が楽しい。

 久しぶりに会っても過去の話にばかり花を咲かせる旧友に僕は冷めてしまう。
昔話にばかりどうやって笑っていいのか、なかなか思いだせないのだ。
だから同窓会というものが僕は元来苦手だ。
過ぎ去って、もうどこにも無いものを今さら温め直して何になるというのだろうか。

“今”と“これから”の話ができる相手とだけ温める価値のあるのが
本当の“旧交”というものだと僕は思う。
いたずらに古きを温めても、新しきを知る意欲が無いならば、片落ちだ。
賢者は和して同ぜず、愚者は集えども和成らず。
ともいう。
離れていても時間がたっても、
“今”というピントを瞬時に合わせられるのが
僕には理想的関係で、自分自身の望む、寄りかからない立ち方に思える。
賢者にははるか及ばなくとも、そうありたい。



ルリボシカミキリの遠い青を目に焼き付けつつ、
46℃の高温の湯に二人同時に身体を沈ませて、思わず声が漏れる

「あ”〜〜〜〜〜熱い!」

それでいい。











posted by 前川秀樹 at 22:40| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

行くぜ東北!セルフキャンペーン その4

最後は東北旅徒然。
思ったよりも写真を撮ってなかったなあ、
でもどこも色彩の美しさには本当に改めて新鮮な印象を持った。


touhoku (329).JPG


touhoku (300).JPG


冬は北西から、夏は南東から、季節風が常に吹き付ける竜飛岬。
今日は南からの湿った風が山に当たって雲になって、
ずっと霞んでいる。
風下に当たる日本海側はだから穏やかなままだった。


touhoku (298).JPG



おお、カメノコテントウ。
久しぶりに見た。やっぱり大きい。


touhoku (211).JPG


touhoku (319).JPG


そういえば、6月の北海道もこのフランスギクが満開だったなあ。


touhoku (334).JPG


こう言うところから石が生まれてくるんだねえ。
でもこういう水気の多い所って・・・・・


touhoku (333).JPG


ほらな、こういう危ないのがじっと獲物を狙ってたりするから要注意だ。
マムシも久しぶりに見た。
けんのんけんのん。


touhoku (195).JPG


touhoku (197).JPG



touhoku (235).JPG


白神からの帰り道、JAショップを見つけたので立ち寄ったら、
あったあった、ご当地アイス。種類がものすごかった。
迷いに迷って、この2本。
でも、二人でどちらか一本でよかったかな。
すっかり身体冷えてるの忘れてた。



touhoku (99).JPG


touhoku (247) - コピー.JPG


touhoku (270).JPG


陸奥の果ては茨城からでもやっぱり遠い。
茨城空港 青森空港間の飛行機便が就航してくれればいいのに。
車だと茨城の家から青森まで約9時間。
旅程のうち前後二日間はほぼ移動だけになってしまう。
若いころは平気だったけど、二人で交替で運転しても
けっこう疲れるようになってきてしまった。
というより飽きる。
とはいえ、うちのスタイルとして、
融通がきいて、好きなところで立ち止まることができる、
自分の車が一番適していることも否めない。
陸奥、魅力的なスポット濃縮満載なことを知ってしまったから、
ぜひまた長距離ドライブで行ってみたいと思うけれども
悩ましいところだ。

おくの細道を思い出す。
松尾芭蕉はまあ、東北、北陸なので、ルートがぜんぜん違うけれども
記録によれば、3月16日江戸深川を出発して、
ぐるりと東北北陸を廻り、美濃つまり今の岐阜県の大垣に到着、再出発
したのが9月6日、約150日の旅である。
ほとんど徒歩で。
恥ずかしながら、それが早いのか遅いのかすら僕にはわからない。

歩かないと見えないことも多い。
とくに現代人の僕らはそうだ。
高速道路で早送りなんて、無粋で
たぶんいろいろもったいないことをたくさんしているに違いない。

しかし振り返ってみれば日常がすでにそうだ。
ただ過ぎる、そういうシーンは記憶にも残らず
何事もなかったことのようにするりと過ぎてしまう。

人生には大中小の結節が必要だ。
だから時々は早送りボタンを通常の再生モードにしたりスローモードにしたり
一時停止にしたり、調節できる機能が今の僕たちにも
ちゃんと備わっていることを思い出して確認しないといけない。

その時間の不均質な流れの隙間に、感動とか驚異とか美がふいに立ち現われたりする。
そういうものが最初の動機に存在しないようなものつくりはするべきでない、
とあらためて思う。
いや、そうありたい、かな。
芸術家にとって旅は休暇や休息ではないのだ。



posted by 前川秀樹 at 12:24| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

行くぜ東北!セルフキャンペーン その3

touhoku (66).JPG


うちの旅行では必ず立ち寄る場所が、土地土地の信仰の場。
日本でも外国でも。
理由はいろいろあるけど、そこで長いこと大切にされているものをそっと見てみたい、
という好奇心が一つ。
二つ目に、信仰の造形というのは、僕みたいな生業の人間には、
なんだかいろいろ基本のような気がするから。
博物館にあるのも立派だけども、現役の信仰の形を環境込みで触れられるのは
まあ、非常に興味深い。


最初の写真は、津軽の名峰 岩木山を望む岩木山神社。弘前や五所川原から近い。
雨でなかったら未だ残雪を纏う津軽富士、岩木山が本殿のはるか向こうに臨めるはず。
今日は残念。


touhoku (81).JPG

touhoku (82).JPG

狛犬も立派だ、りりしい。
片方に角があって、片方は無い。
これは諸説あるけれども、あるのが狛犬で、ないのが獅子。
という理解が一般的。決まりはないそうだけれど。
獅子は大陸由来で、狛犬はそこから我が国で改良を加えられたオリジナルの発想、
と僕は大まかに理解している。
造形とは何事も先行するテキストの模倣と工夫の繰り返しなのだ。




touhoku (70).JPG



長い参道が終わって石段を上がれば楼門なんだけど、
ん!? 石段の登りきった両脇の石柱の陰に何かいるよ。




touhoku (83).JPG




おやあ!?




touhoku (84).JPG


んま〜〜〜〜〜!
なんとめんごい!!


そして左側で対になるのが

この子。


touhoku (86).JPG



さらにめんごさ増し増し!!!!!
逆立ちしてる〜〜〜〜〜


なんだかもう造形が自由過ぎて狛犬なんだか何なんだかわからない。
こんな神獣がいたら迷わず連れて帰りたいよ。
何食うのかなあ、雌雄はあるのかなあ。



石柱と一体で彫りぬかれているから、
あとから誰かが寄進した、というのとも違うのかもしれない。
石段ごと寄進なんてあんまり聞いたことないもんなあ。
造営時かはたまた改修時に計画的に
造られた狛犬に違いない。
やるなあ、センスあるなあ。岩木山神社。


touhoku (107).JPG




touhoku (92).JPG


本殿へ。



touhoku (97).JPG


touhoku (95).JPG


本殿脇にある狛犬がこれ。

これもなんだか笑っている。
本殿の彫刻もすごく立派だったけど、
今回は狛犬つながりでこのまま行こう。





津軽からずっと南下して、
宮城県塩釜にある塩釜神社の強烈なインパクトの狛犬がこちら。



touhoku (28).JPG

オルメカー!


touhoku (34).JPG



アステカー!!


ついでにこれも。


touhoku (224).JPG


ティオティワカーン!

これは岩木山神社の手水口。



すごいぞ東北!一体中南米の古代文明とどのようなご関係で!?
濃いなあ。





touhoku (26).JPG

はい、ここでちょっと休憩ー。
これも塩釜神社。



touhoku (2).JPG


touhoku (4).JPG


これはやはり宮城県多賀城市のとある神社のもの。
なぜか石ころ一杯。
そう、石はいいよ、石はね。
でも気をつけないと取り憑かれるからね。

甲斐の国の方に丸石神という不思議は石信仰があるけど、
こっちにも似たものがある気がするなあ。
どうなんだろう。


そして最後に同じ多賀城市にあるちょっと変わった小さな祠。


touhoku (5).JPG


そのまま鳥居をくぐると、普通の農家の庭に入ってしまう。
ありゃりゃ?と玄関の前を通り過ぎると庭の奥に社がある。


touhoku (6).JPG



touhoku (8).JPG




アラハバキ神社という。
アラハバキの解釈にはこれまた諸説あって、
ハバキは脛巾、という足に巻く旅装であるから、足を中心とした腰から下の神様であるとか、
蝦夷の一つであるアラハバキ族の信仰した神であるとか、
蛇神など、解釈の裾野は広い。
少なくとも、古事記や日本書紀に登場するようなメジャーな神様ではない。
いずれ土着の古い神には違いない。


touhoku (11).JPG

だから子孫繁栄的なそれであったり、


touhoku (16).JPG


鉄のわらじや義足だったり、


touhoku (13).JPG

ちなみにこちらはアラハバキ神の社の隣にある養蚕神社。
ハサミが奉納されているのは。
お蚕様⇒紡績⇒裁ちばさみ⇒病の根を切る。
ということらしい。
裁ちばさみから病、の間に発想の飛躍があって面白い。

自由連想ゲームだ。
こういうのがこの国の戒律的でない信仰の
おおらかな性格を良くあらわしている気がするなあ。


お隣の岩手、遠野地方を舞台にした遠野物語を読んでると、
すさまじいものも多い。
いわゆる姥捨て山、でんでら野の跡地にも鳥居と祠が建っていたけれども
山の中ではない、里の田んぼのほんのはずれである。昔は違ったのかな。
なんにせよ、生きてゆくだけでも厳しい土地柄に違いないはずだっただろうに、
信仰の形にはどこかおおらかさがただよう。
現実とお話の絶妙なオーバーラップと、
逆に絶対に相容れない残酷なギャップみたいなものの同居が
懐の深い東北地方の物語の源泉みたいな気がする。


遠野物語と宮沢賢治だけでも岩手は十分楽しめそうだ。

東北は狛犬の名品 珍品もとにかく多い。
有名な遮光器土偶も津軽で発見された。
縄文の遺物も数多い。
独特の造形感覚と物語感覚が、この陸奥(みちのく)の広大な土地を貫いているのがわかる。
今回は、岩手も通り過ぎただけだったし、
そっち系を追いかけるには全然時間が足りなかった。
欲張るのも限度がある。

「信仰の形と物語」とか。

今度そういうテーマで陸奥の国を旅をしたいなあ。
広いな東北。













posted by 前川秀樹 at 21:33| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月24日

行くぜ東北!セルフキャンペーン その2


touhoku (342).JPG



 昨今の出来すぎたCG画像の視覚的愉悦には、一種の中毒症状がある。
SFやファンタジー系の映像は、ほんの少し前までは想像で補うことで完成していた夢のような光景を、
まるでそれがどこかにある現実であるかのように、脳の外に投影することに見事に成功している。
観客はもうあれこれ考える必要もないし、持ち前の想像力を発揮して、
至らない部分を補完する必要もない。
それは大変なことだが、ここでは触れない。

しかしそこには確かに、知らず身をゆだね、脳をとろかしてしまうような
誰かが仕掛けた視覚的愉悦というドラッグが存在する。

 

 僕は、海岸という場所を、そういう体験をする原型の場であると勝手に思っている。
もっともこちらは交じりっ気なし未調整天然ものなので、
作用する人とそうでない人を大きく振り分けてしまうに違いないけれど。
とりたててこちらが考えたり、積極的に理解に努めようとするのでなく、
ゆだねることが一番の作法だという事を、
子供のころから僕はよく知っている。

波や強い風や足音、どれも繰り返しでありながら、同じではない。
スクリーンは足もとに広がっている。
次々現れる驚異の場面が何処までも延々と続く。
一晩でまたその場面は変わる。
それは世界が終わるまで続く。

この北の波打際がそんなヴィジュアルドラッグの事を強く思い出させる。
どこまでもどこまでも続くフィルム。
そのフィルムには同じコマはひとコマもない。
そして、実際にその場所に立って思った。
どうやらここのは強烈に効く。



touhoku (338).JPG


で、ようやく“石”である。
“石ころ”である。
大切な役者である。
ここのはとにかく、たたずまいが、いや石ころにそれはないか、
転がりずまい?が絵になるのだ。
一つ一つもこれまた、主役級の実力者ぞろい。
こんなフィルムは絶対に実現不可能だろう。
という現実の場所がまさにここにあるのだ。

石ころをつい拾って帰ってしまう子供だった過去、を述懐する人は意外と多い。と思う。
子供は何故それに手を伸ばすのか?
それもここではふれない。

今日はとりあえずそういう難しいことを考えたくないのだ。
ただ脳の高揚感をそのまま丁寧にどっぷり味わいたいだけ。それだけなんだ僕は。

touhoku (246).JPG

丁度岩手で仕事のあった、さすらいのひよこ鑑別師、サンペイ君と合流。
明日まで3人の旅程とあいなった。
さあ、一緒に脳をとろかすのだ。
君もまたそんなりっぱな変態の一人だと僕は認識している。
その証拠に、今日のこの場に臨んで、彼は自前の籠と潮干狩り用の熊手を購入してきていた。
波打際を果敢に攻めるためだ。



touhoku (343).JPG



touhoku (331).JPG


touhoku (339).JPG



touhoku (253).JPG


 やれやれ一服。興奮しすぎて疲れてはないけど。
サンペイくんが熱い珈琲を野点してくれた。
腰を下ろすとなぜか必ずカモメが物珍しそうに寄って来る。
道中、農協で買った林檎を食べて、その芯を投げてやると、
すぐさま咥えてはペッと吐き出す。彼らはそのあと必ず、ミャア、と一度鳴く。
3度やって3度ともミャアと鳴いた。
「なんだよ!」とか、
「ケッ!」とか、いずれそんなミャアなんだろう。


さて、みなさん、成果は?

touhoku (336).JPG

おお、五色 錦 なんでもありの色彩である。

0624 (45).JPG

だからこんなこともやってみたくなる。

ここからは家でちょっと磨いたりして撮影した写真。何石とか構成鉱物とかそういうのもまあここでは
触れない。

0624 (31).JPG

0624 (15).JPG

0624 (38).JPG

0624 (47).JPG

0624.JPG

0624 (21).JPG

0624 (20).JPG

0624 (19).JPG

0624 (28).JPG

0624 (32).JPG


0624 (9).JPG


0624 (6).JPG


0624 (2) - コピー.JPG



さて、十分堪能した。
日が暮れる前に宿に向かおう。

しかし僕はここでだんだん異変に気が付き始めた。
困った。車の窓から見える風景がなんだか変だ。
特に視界の端っこの方。
何時間も、下だけを向いて、色と模様と形と、その取り合わせの妙と、
そういうものだけに集中して見続けると、
ナチュラルドラッグを摂取し続けると、
果たしてどういう事が起こるか。

北海道がかすむ灰色の水平線にも、
重い雲に押しつぶされそうな薄紅色の夕焼けの帯にも
岬に張り付き波打つ深緑の柏の森にも
大岩のダイナミックな褶曲にも 
標識にとまるホトトギスの胸の絣模様にも。
鉄柵に浮き出た錆びにも、
露天温泉の給湯口に厚くこびりつくカルシウムの層にも、
布団で目を閉じても走馬灯のように(笑)
すべてに、

石相を見てしまうようになるのだ。
目に見える全部、これ“石”なのだ。

ああ。。。僕の目、こうなっちゃうのかー。
石に取憑かれるってこういう事なんだねえ・・・、
としみじみ自覚。

でも、遠大な風景も豆粒のような石ころも、マクロもミクロも本来的には違いはないのか。
とも思う。
人の身体のサイズとか、日常の価値を基準にそれとこれとは別物ですよと決めているだけで、
人の存在とは関係なく、
本来石は小さな風景だし、山は大きな石ころの表面なのか。
海は濡れた石ころの滑らかな表面なんだな。
人類学者レヴィ・ストロースのいう“野性の目”
それは案外こういう単純なものなのかもしれない。
面白い発見だこれは。

そんなふうにちょっと言葉を組み立てて見て、
溶けた脳の体裁を整えようとしてみたり。


touhoku (285).JPG


touhoku (303).JPG




夕飯のとき、スズキのお造りをつつきながら、向いのサンペイくんに、

「目を閉じてても開けててもさあ・・」

「あー、キますよね」

「なあ、クるよなあ」


トロの切り口が赤い碧玉の縞模様に化けてしまう
今日は、そんな石のお化けの話。
















posted by 前川秀樹 at 12:43| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

行くぜ東北!セルフキャンペーン その1

touhoku (149).JPG




 広島展の終わった翌日、車で一路東北へ。
山とか海とか、とにかく町から離れたくて。
今日は森の日。
秋田県から青森県まで広がる白神山地が世界遺産に登録されたのは1993年のこと。
人の手が入っていない現生の形で残るブナ林が有名だ。

touhoku (129).JPG

青森県の弘前からほど近く、車で手軽にアクセスできるここ白神の森は、
白神山地の北のはじっこに位置する。
丁度東北地方の梅雨入りと重なって、この日は雨。
雨の山はこれまで歩いたことないなあ。ちょっと気が進まないかも。
最初は、カッパ着てまで山歩く?
と思っていたけど、実際に歩き始めて見ると、
いやいや、前言撤回。
雨、いいじゃないか!
むしろ最高じゃないか!

誰も歩いてないし。望むところだ。


touhoku (159).JPG


ブナ、ミズナラ、カエデ、ホウ、オオカメノキ、ナナカマド。
これがこの島国の本来の懐の深い混成林の姿だという。
初めて歩く雨の森がこんなに静かで優しげなものだとは思いもしなかった。
新緑に染め抜かれた翠霧が、身体の内側まで染み入って来るようで、
細胞レベルで浄化されていく気がする。
僕はこういうところにくると、訳もなく叫びたくなったり
瑣末な問題とか、いろいろどうでも良くなって、
服を全部脱いでしまいたくなる。
それは多分、普段忘れている野性のような気がする。
まあ、実際にはやらないけど。
人の手がほとんど入っていないとはいえ、
今歩いているのはちゃんとした遊歩道だし、
今日はたまたま人気がないだけで、
本当にどうでもよくなったりしたら大問題である。
最近のクマ出没に勝るような話題の提供者にだけはなりたくない。


touhoku (174).JPG

touhoku (189).JPG


touhoku (192).JPG


touhoku (183).JPG




touhoku (166).JPG


途中、聴診器が置かれていて、説明通りそっと樹肌にあてがってみる。
遠くに絶え間なく流れる川があるみたいだ。風の音ではない、葉っぱの擦れる音でもない。
波の音でもない。
なるほど、これがこの時期のブナの旺盛な生命力の証というわけだ。
この一本の中に重力に逆らって小さな川が流れている。
すごいな。


途中、尾根道で一人で木道整備をされている方に出会った。


「今日は静かでいいですね」
「ああ、こういう日は熊も知っていて、ひょこっと樹の蔭から顔出したりすんだ」
「え!?やっぱり熊、生息域なんですね」
「ここのはおとなしいよ。向こうも用心してっから。
この峰で15頭ばっか確認されてるけど可愛いよ」


白髪のおじさんののーんびりした東北訛りが翠の霧になんだかやけになじむ。
つかのまの緊迫感がすっかり薄らぐ。
そんなだったらちょっと見てみたいなあ。
あの倒木の陰とか、あっちの大きなうろのあるミズナラの向こうとか、
通り過ぎてくれたら出来過ぎの絵になりそうだ。


touhoku (184).JPG



touhoku (205).JPG

それからずっと霧に映る獣のシルエットを注意しながら探して歩いたけど、
残念ながら何も現れなかった。


ヒョーホホホホ。

レインフォレストのどこかでキョロロ(アカショウビン)の鳴き声が、降りそそぐ。
身体も冷えたし温泉、楽しみだ。








posted by 前川秀樹 at 21:23| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

息災ですか?ポムじいさん。

0326 (10).JPG

天気のいい今日は、仕事は休み。
朝からちょっと県内某所の山を歩く。
この山には、古い廃鉱山があり、
山の斜面のあちらこちらには未だ廃鉱道がぽっかりと真っ暗な口を開けている。
目指すはそこ。
僕はここにくるのは3度目。
千恵と二度訪れて、今回連れだされたお伴はいつものタキシタタツシ。

0326 (3).JPG

林道を歩く。


0326 (9).JPG

まだまだ歩く。



「結構しんどいですね。」

「そう?そんなにきつい感じでもないだろう?」

「いや、実は今朝出発前に10キロランニングしてきたんですよ」


ええ!なにやってんの!?馬鹿じゃねえの!?
足の筋肉がぱんぱんになるとちょっと嬉しいって・・
運動マニアってちょっと感覚が違うなあ・・・。

程なくしてたどり着く石ころだらけの斜面。
ズリである。

0326 (6).JPG

ズリとは要するに、採掘された岩石から価値のあるものだけを取り除いて、
その大量の残りかすを捨てた場所。つまり鉱山ゴミ捨て場である。
この鉱山では タングステンや錫、黄銅鉱なんかを採掘していたらしい。

さて、物色開始。


0326 (17).JPG

腹ばいになって石をより分ける。



ゴミとはいえ、その中には結構面白いものが混ざっていて、
それを見つけ出すのは宝探しのドキドキ感があって楽しい。

途中、お昼休憩をはさんで、少しずつ場所を移動しながら、
結局この場所で約4時間。
そろそろ集中力が切れて来たよ。
どれ、収穫のお披露目をしようかね。
お互いのエースを出し合って勝負だ。

0326 (21).JPG

0326 (25).JPG

「どう?」

「今日はこれですかね」

お、結構綺麗なの見つけたねえ。
僕はこの辺かな。



ここの水晶は透明感もあまりなくて、綺麗なものは少ない。
おまけに完全な六角柱の姿では出にくくて、欠片ばかり。
だから価値や魅力に乏しい、と、石好きの間での評判は芳しくないようだが、
それでも、ビギナーの僕なんかにしてみれば、
土の中でシャープな面にキラッと光が反射した瞬間はどきっとして結構嬉しい。

0326 (25).JPG

0326 (29).JPG

これは孔雀石。黄銅鉱の酸化鉱物。昔はこれを粉にして日本画の絵の具にしたらしい。
地味な色彩の早春の山中で緑青色がなんともみずみずしい。



うん、満足満足。必要な分だけパッキングして、持って帰るかね。
家で石のクリーニングするのが楽しみだ。
汗もかいたし、温泉に寄って帰ろう。

で、これがクリーニング後。

0326 (30).JPG

0326 (39).JPG

0326.JPG


欠片とはいえ、それでも水晶は水晶。魅力的なものだ。
いつか透明なあのピシッとした水晶を見つけてみたい。
ほら、あの如何にも姿勢のいいやつ。計画立てて遠征しないと無理か。

 とはいえ、近場のこのあたりの山にも鉱脈はたくさん走っていて、
多分こまめにあちこち歩き回ればそのうちもっといろいろ見つかることだろう。
トパーズやホタル石なんかも産出するらしい。
発見してみたいものだ。
これはつまりあれだ、山師ごっこなのだ。
山師といえば、ぱっと思い出す姿はあの人。
天空の城ラピュタのポムじいさん。
パズーとシータに地下で飛行石の燐光をかいま見せるあのシーン。
常田富士夫さんの声もまた良かったなあ。

ああいう、なんというか“探索する人”って、やっぱりついあこがれてしまう。
しかしとは言えだ、とてもじゃないが、
僕には今にも崩れそうな真っ暗な鉱道に侵入する度胸は無い。
あんな真っ暗な穴、覗いただけでぞっとする普通のチキンだ。
だからまあ、せいぜいポムじいさん気どりでハンマー片手に
尾根や谷や沢をたどる“ふりじいさん”だけどさ。









posted by 前川秀樹 at 21:02| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする