2015年07月16日

旅徒然その5

「ティルメン・リーメンシュナイダー」

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ドイツの南西部、フランス スイス オーストリアと国境を接する地方を
シュバーベン地方と呼ぶ。バイエルン州 とかロマンチック街道 と言えば観光で有名だ。
また有名な黒い森、シュバルツバルトを要する山間の地方でもある。

記録によればその地方の北寄りのヴュルツブルクという街に
ティルマン・リーメンシュナイダーという奇代のマイスターが
最初の工房を構えたのが1485年 、彼が25歳のときである。
15世紀後期と言えば
イタリアで起こったルネサンス人文主義がようやく他の欧州諸国に浸透し始めたころ、
このあたりのそれは北方ルネサンスと呼ばれる。
ちなみにリーメンシュナイダーを他の同時代の芸術家と比較してみると、
レオナルド・ダ・ヴィンチよりも8才年下、
ミケランジェロ・ブオナローティよりも15才年上である。

彼の生きた時代は、近世を目前に控えた、中世の最後期に当たる。
暗黒時代の終焉である。


その後1531年に没するまでの46年間の彼の活動の中で、特筆すべき点の一つが、
木、という素材の価値を宗教彫刻の素材にまで、高めたことである。といってもいい。

以前の素材は石、特に大理石が中心であり、木像はどちらかと言えばマイナーで
習作や、奉納品としてしか、用いられてこなかった。
ミケランジェロの木像は僕は寡聞にして一つしか見たことがない。

事実リーメンシュナイダー自身も出自は石工である。

しかしもともとドイツ、シュバーベン地方ではもともと木でそういうものを作るという
習慣が根強くあったようだ。
フランスの博物館でみられる木像の銘品は多くはドイツ製である。

深い森が周囲にあった、という環境、森の民としてのアラマンニ族の独特の文化
が下地にあったことは興味深い。
ど素人考えになるが、ケルト的な感じも受ける。
彼の作品に限らずその時代の他の木彫刻のほとんどが、セイヨウボダイジュが素材となっている。
日本で言うならシナノキというやや北方系の巨木がそれに種類が非常に近い。

数多くの名巧を生んだその地方、時代の中でも 
もっとも有名とされるのがリーメンシュナイダーである。
その彼の作といわれる作品の多くが、残り、現在もみることができるのが、
この南ドイツの一地方なのだ。
集中しているのは ミュンヘン、ヴュルツブルク、ローテンブルク である。

というわけで、僕はようやく実物に触れることができた。



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こんな表現のマグダラのマリア像なんて多分前代未聞だ。
全身が巻き毛で覆われている。一見 うわっと引くけれど、
けれど、しかして、である。サルには見えない。狙った毒気ではない、
むしろ奇妙な清らかさが強くただよう。
なんて奇想天外な落とし所なんだろうか。
イタリアのルネサンスの考え方とは根本的なところでなにか違うような気がする。

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どんな刃物で彫るとこうなる?

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色もしっかり。
着色は彩色画家という専門職人が別にいたらしい。
彫刻家が彩色まで手掛けることは全くなかったという。
着色する、というのは時間も費用もかかり、大変な贅沢なことだった。
14世紀以前の木像は着色されることが当たり前だったらしいが、
徐々に着色はされなくなる。
彼の作品も晩年のそれになるにつれ、無着色 淡い彩色、オイルフィニッシュの作品が増える。
予算的な制約と、さらに木を彫るだけで仕上げる、という、ある意味ごまかしの効かない
技が要求される時代へと移り変わっていった。ということだろうか。

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これは子供が怖い。首のつきかたとかもなんか変だ。
子供って、日本でも江戸時代前半までは、7歳までは人として
認識されなかったというような習慣があったそうだけど、
西洋でも似たようなことがあったのだろうか。だからあえて妖怪っぽい、のかな。
どうなんだろう。
聖母子像の子の表現はどれもみんな、総じてかわいくない。

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聖セバスチャン像。いたいいたい!あちこちになんかが刺さったあとみたいな赤い穴があいてる。
キリスト教の宗教彫刻って、痛い感じのが多い。僕はそれはちょっと苦手。
血が流れている表現もえげつないのが結構当たり前。
そのなかでもまあ彼のはどれもソフトかな。

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これはどうしても見たかった、嘆きのマリア。
顔がいいなあ。顔がいい。
彼の作るのはみんな顔がいい。とんでもない蛙みたいな司祭像なんかもあるけど、
ある種の醜さにすらどれにも不思議な品格を感じる。
生々しい人間から、上手にそっと「俗」を引き算したみたいな。
上手く咀嚼され理想化された人間を作っている気がする。
まあそれが写実を装った中世らしさ、ともいえる。
そして、細部の細部まできっちりみっちりかっちり彫り込んである。
理想を追い求める執拗さとでもいおうか。
すごいなあ。しかし、
ここまでやりきらなきゃ気が済まないもんかな。
ここは、こういうことにしてー。
ここはこんな感じでー。
みたいなぬるい部分を探すほうが難しいくらい。
あくまで、理想なんだからさー。
とかいうと、思いっきり軽蔑の眼で見られそう。
いや、張り手の一つでも食らうかもしれない。
マイスター(親方)から。


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手前に丸い巨大な俗がいます(笑)
他に誰もいないものだから、監視員さんに許可をもらって、床に座って
スケッチなんかしてみる。
向き合ってみる。
ああ、ひんやりした床が気持ちいい至福の時間だった。
老監視員さん、ときどきチラチラ僕の手元を覗き込んでは、
親指を立てて、うんうんと笑顔でうなづいてくれた。
英語はわかんなかったんだろうけど、なんだか言いたいことはわかったので、
ぼくもまた、その度ダンケ はい、どうも、ダンケシェーン、と返す。

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ここからは彼の作ではないけど、どれも面白い。

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なんか裸で踊っているし。

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荒いけど、骸骨の感じがよく伝わってくる。これはライオンを御す死神。


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ヴュルツブルクの街の外れ、丘の上にあるマインフランケン博物館には2度足を運んだ。
ミュンヘンのバイエルン国立博物館の物量、質もかなり見ごたえがあった。
どちらも、リーメンシュナイダー以外にも、大変興味深い示唆を与えてくれる
良作 珍品 目白押しだったので、もっとゆっくり全部見て回りたいところだった、
けど、脳味噌には一度に入るキャパシティーというものがある。
だんだん頭がぼーっとしてきて、
その貴重な情報量をささやかな脳みそでどう受け取ればいいのかわからなくなってきて、
そのうち、ああこんな宝の館が土浦の近所にほしいのになあ、いや、いっそ
ここの博物館に住めたらいいのになあ。そこの納屋みたいので仕事させてもらって・・・。
なんて事を考え始めたら、
そろそろキャパオーバーの合図。
まあ限られた時間では良く健闘したかな。

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これは多分風俗というか近世の街の人の衣装の展示だったと思うんだけど、近づいてみると、


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マネキンが木彫りだった。
しかもそれがよくできている。
こんなところまで木で。
つくづくここはマイスターの国、
というよりやっぱりなんか真面目なんだな。
全てにおいて。


僕は美術館よりも博物館で刺激を受ける方が圧倒的に多くて、
実は今回の旅行中、美術館という場所に一度も足を運ばなかった。
なんてもったいない!芸術家としてそれはどうなのだ?
と、旅の途中もずっと自戒しつづけていたのだけれども、
許容量と刺激のアンテナに正直になって度々かんがみると
それもまあいいか、と、街を出る電車に乗るたびに
適当に開き直ったりした。
ドイツ人の気まじめさからみると、
お前のその適当さこそいかがなものなのだ?
と、たしなめられそうだ。
いやさ、フランス人いやいやイタリア人に比べたら僕だって
気まじめな部類だと思うんです(笑)。
そんな突き放さないでおくれよ。
僕なりに精進しますから。







posted by 前川秀樹 at 17:37| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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