2014年10月04日

モネの眼で。

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 パリから約80q、ジヴェルニーという村に
彼が越してきたのは1883年の事、
43歳だった。
彼はそこで庭に川の水を引き入れ、大きな池を作り、
庭を日本風の庭園にしつらえた。
丸い太鼓橋に柳、そして睡蓮である。
有名な連作 睡蓮 はここで生まれた。
光の画家、そう呼ばれたクロード・モネ

私たちが視ているそれは、
その色とは、固有普遍のものでなく、
実は光なのだ。
目が認識しうるこの世界は光で満ちている

季節のうちにも、一日のうちにも、
自然の中に一時として同じ状態の色など存在しないではないか。
それはうつろいゆくもの。

ところで、彼の日本びいきは有名だ。
ジヴェルニーの彼の屋敷の壁は浮世絵で埋め尽くされ、
日本人の客はとりわけ歓待を受けたという。

行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶ泡沫は、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。

彼が「方丈記」を読んでいたとは考えにくいが、
世界はうつろいゆく、
という彼の感性は、Ce bon vieux Japon
古き良き日本の土壌から生まれた感性と
ことのほか相性が良かったに違いない。

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紅鳶、中紅、榛、深緋、橙、金茶に鉛丹。
こう漢字で書くと、そのものの色を言い当てることはできなくても、
なんとなく、雰囲気でこう言う感じの自然の色、と
僕らは分かる。
日本の古色なんてちゃんと習ったことなんてないのに。
それを、文化と言おうが教養と言おうが、感性と呼ぼうが構わないのだけど、
僕らの中には、思いのほか豊かな色彩世界が内在しているに違いない。


気温 13℃
目のくらみそうな高さの展望台の手すりから見下ろせば、
鮮やかな錦に彩られた岩肌を、大瀑布の白が割り裂いて落ちる。
深呼吸をひとつ。色を いや、光を吸い込む。
すでに晩秋の香りのする9月の終わりの
尾瀬である。






posted by 前川秀樹 at 19:00| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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