2014年07月29日

ダイコククエスト

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ダイコクコガネという、立派な角を持つ甲虫がいる。
堂々とした体躯は漆黒で、まるで武将の兜のようであり
蒸気機関車のような力強さを感じさせる実に魅力的な姿の昆虫だ。

僕は子供の頃、地元の愛好家の方に標本を見せていただいた。
ぎゅっと詰まったエネルギーの塊のような造形に
衝撃を受けた。
が、40年近く前ですら、兵庫県ではもう見られないと
言われていた希少種だったので、それはもう過去に生息していた、
いないものなのだ、
と思い込んでいた。


大人になって、全国的には未だ生息している昆虫だということを知った。
この目で見てみたい。
と思った。
針に刺さったのではなくて、
手の中で動くそれを。

ダイコクコガネは牧場などの牛馬糞を餌とする。
情報を集めてみるとやはり全国的に激減している種で、
ここ酪農王国の北海道でも、
「絶滅の危機が増大している種」レッドデータの絶滅危惧U類に分類されている。

実際に場所を見に行ったのは昨年。
北海道某所の馬の牧場と牛の牧場だ。
案内してくれたのは、現地にお住まいの獣医、ミウラさん。
その時には広い牧場内の、糞を目指してそぞろ歩いたが、
結局まるで生息の痕跡を
見出すことは出来なかった。
やっぱりそう簡単にはいかないか、、、。

しかし、その後も続けてずうずうしくミウラさんに、
現地情報を集めていただいた。
そのなかから、ある程度有力な場所が浮かび上がって来た。

先日、2年越しのリベンジのために北海道に行って来た。
そのあたりに滞在予定は1日半。
糞を探すのは、ほどほどにして、
方法はライトトラップに絞ることにした。
日暮れの迫る中、ミウラさん運転の車で、
あそこでもない、ここでもない、と迷走の結果、
ようやく選んだ場所がここ。

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遠くに見えるのがどうやら放牧場のようだ。
手前にも牛の姿がさっきまでは見られた。
光も届く。来るとしたらここでしょう!

日暮れが待ち遠しい。
期待に満ちたいい時間だ。

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暮待ちの間に、夕飯食べましょう。
ミウラさんとご長男の一久君。
携帯食のインスタントだけど、ほら外で食べるとなんでもそれなりに美味しいでしょ。

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7:00pm 点灯。
周囲の光も少なく、風もなく、月も雲に隠れている。
これ以上ない好条件。
30分も経たないうちに来るわ来るわ。
乱舞である。

蛾の。

小さな糞の分解者、マグソコガネがゴマをばらまいたみたいに
白布の上を歩きまわっている。

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ああ、クワガタが来始めた。
ミヤマクワガタの雌。

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2時間ほどもすると雌クワガタだらけ。
しかし本命未だ飛来せず。

最初ははしゃいでいた一久もとうとう眠気でダウン。
まあ幼稚園児にしてはものすごく頑張った。えらいぞ。

うーん、やっぱりこの方法でも駄目かねえ・・。
いないのかなやっぱり。
大人チームにもそろそろ疲れが見え始めたころ。

お!?

おお!?

クワガタにしてはやけに太短いシルエットが。

ミウラさん!ミウラさん!来た!来ました!居ました。本当に。

ついに来ました。立派な角を持った雄個体、記念すべき第1号。




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写真は後日撮ったものだけど、
手の中でうごめく感触は忘れられない。
やはり、死骸とは別物の存在感。
独特の黒光りがヘッドライトを反射する。
手に取ってすぐには、擬死といって、手足を縮め
動かないが、しばらくすると、へらのような平たい手足で
僕の指の間をぐいぐい掘り広げ隠れようとする。
すごい力である。
こちらも負けじと指に力を入れる。
ああ、生きている。

いやあ、ほんとに居ましたね。

ここまで2年越しでしたね。

なんだか、40半ばのおっさん二人で
こんなことにうきうきドキドキできるなんて、そのことが面白い。
知っている人にはきっと、些細なことで、
興味のない人にはこんなくだらないことはないだろう。

しかし、このたぐいの感動はあくまで体験した個人にしか味わえない。

決して難しいタイプの謎ときクエストではないのだろう。
しかし、情報から予測を立て、想像をしながら徐々に正解に至る行為は
やはり年齢に関係なく、この上なく面白いものなのだ。
モノが手に入る喜びよりも過程が楽しい。

結局その夜はもうそれで満足をして、
消灯。閉店をした。
ミウラさん、お付き合いどうもありがとう。


が、それで終わらない。
翌日。
さらにもう一か所でライトトラップを試みた。
今度は僕一人だ。
こちらは昨晩の場所から車で1時間ほどの距離だが、
情報は皆無。
ただ、昨年、ここは居るんじゃないかなあ、と
目星をつけておいた場所だ。

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元牧草地らしいが、場所によっては草も深く、
今も乗馬トレイルなんかをやっていると見えて、馬糞はある。
が、道は無い。
広範囲に光を照らすことのできる
丘の上まで車で行くには、
馬の通ったあとを慎重かつ正確にたどるしかない。

四駆でもない軽自動車にはちょっと厳しかったが、
まあ、どうにか日没までに良い場所にたどり着けた。

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さて、準備完了。今夜はここで一人ご飯。

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エゾシカの若い雌が、こちらを警戒している。
普段は彼らのホームグラウンドなのだろう。
迷惑そうだ。

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さて点灯ー。

昨夜に比べて、丘のてっぺんだったせいか、
風があって、ライトに飛来する虫たちはことごとく
オーバーラン。

にしても。
暗いな。

見通しのいい場所での闇、というのはこれまた独特のこわさがある。
シカの警戒啼きもフクロウの啼き声も、
遠いのか近いのか全く分からない。
手持ちのライトに、立木が照らされるわけもなく
光はただ闇に飲み込まれるだけだ。
ごく遠くにチラチラと見える、集落の灯りにちょっとホッとする。

そうこうするうち、
開始1時間半。
お!見覚えのある丸い背中。
やりました。雌が最初の個体。
その後も1時間に一頭ほどのペースで飛来、
結局その夜は3頭採集できた。



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場所の目星が当たるのもまた、嬉しい。

3頭目が来たのが10時半ころ。
さて、もう少し粘ってもいいけどどうしようかな。
と、懐中電灯を車の方に向けたとき、僅かに異変を感じた。

あれ?

眼鏡曇ってる?

違うか。違うな。

じゃあ、なんで?
と思いながら懐中電灯を麓の方に向けて、愕然とした。

帰り道見えないよ!真っ白。
地面ばっかり見てて、まるで気が付かなかった。

ガスである。
丘とはいえ山地のこと、あっという間に背後の山から
ガスが降りてきていることに全く気が付かなかった。

麓の方向は分かっている。この丘陵地帯への唯一の進入路だ。
でも深い草の方にうっかりハンドルを切って、
出られなくなる可能性は高い。
普通のオンボロ軽自動車なのだ。

うわー。
どうしよう。

落ちつけ落ち着け、自分。深呼吸。
それからの撤収の早かったこと。
ライトの熱が冷えるのもそこそこに
コンテナに詰め込み、とにかく車に全部積み込む。
忘れ物確認よし!ゴミよし。

車はあらかじめ帰る方向に向けてあったから、
エンジンをかけて、ライトをつける。
すぐ手前に馬の道が見える。

方向よし。そろりそろりと発進させる。
しかし、すでに推定視界10メートル未満。
地面むき出しの馬道もすぐに見失った。

車から降りて、懐中電灯で捜索。
で、また方向を決める。とりあえずこっちに10m進む。

多分こっち、大丈夫。
でもそれも思い込みなんじゃ・・・。
引き返して、ガスの晴れるのを待つか?
いやいや。
不安はどんどん募る。
明るい時とはまるで別の場所にいるようだ。

もし、ぬかるみやくぼみにはまって動けなくなったら、
JAF?

いやいや待て待て。

いい大人が、虫取りでこんな夜中に
JAFに助けられるのでは、恥ずかしすぎる。
仮に電話がつながったとしても、
まず居場所の説明は困難を極める。
そもそも自ら好んでそういう場所を選んだ。

「はい、JAFです。今どちらですか?」

「ええと、、今、なんか丘の上でー。住所は分からなくて、は?近くに見えるものですか?、、
ええと、あ、ガスです」

これでは痴ほう中年だ。
こんな電話を受けた人はどんな相手を思い浮かべるだろう。
いくらあこがれの獲物とはいえ、
この3頭とその恥では代価が釣り合わない。

何度か車を降りて、進んで、を繰り返すうち、
車のライトがようやく、見覚えのある
人の道をわずかに照らし出したときの安堵感と言ったら。

よかった。合ってた。
でもまだ膝は笑ってるけどな。

幸い、林道ではガスは嘘のように晴れており、
程なくして宿の明かりが見えた。

大黒クエスト、とんだオチがついた。

その夜の宿の温泉は沁みた。









posted by 前川秀樹 at 19:20| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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