11月の初旬のルビジノでのことだったか。
虫シーズンも終わりだ、運動不足だ、と
ウジウジ呟いていたら、
「じゃあ、妙法ケ岳あたりどうですか?」
と、思いがけない言葉をかけてくれたのが、
ルビジノ常連で孤高のベテランクライマー、サンペイ君。
妙法ケ岳って?ああ、三峰神社の奥の院!
え?連れてってくれんの?行きたいなあ。でもなあちょっと体力に自信が・・・。
「僕も行ったことはないですが、
1時間ちょっとの行程みたいですよ。大丈夫ですよ、行きましょう。」
えー、大丈夫かなあ・・・いつ?
「来月あたり、半ば過ぎかな?」
なに? 来週、とか言うのかと思ったら、そりゃずいぶん先だね。
でも、そうだった、彼は冬の単独登山をこよなく愛する人だった。
なるほど、彼の美学として、
あえて山の雪化粧を待ってるんだな。
そんなやり取りがあった。
結局それから一月あまりで計画はちょっと拡大した。
もうひとつ目指す山を追加しましょう。
一泊で温泉と獅子鍋も追加で。
お、なんかいいぞ。
無謀にもオプション追加をオーダーしたのは僕のほうだったんだけど。
サンペイ君から服装なんかの細かいアドバイスを受け、
山の専門店で、自分に合う靴をまず購入。
おお、しっくりくる。
ちょうど打ち合わせもあったので、
とりあえずこれで東京に行ってみよう、と思い立ち
表参道の駅の長い階段を上る。
なるほど、これは全然違う。
なんでも専門の道具ってのは心強い。いいものだ。
夏山を長靴でぱかぱか徘徊していたのがうそのようだ。
なんだか靴だけでわけのわからない万能感がみなぎってくる。
シャツやら靴下やらもちょっとずつ買いそろえ
ニマニマながらあっという間に一か月が過ぎた。
で、行ってきた。再び秩父まで。
目指すは両神山、標高1723メートル。
朝7時登頂開始。
登山計画、宿の手配、装備の準備、シェルパ役。脚のの使い方や朝の食事の取り方。
すべてサンペイ君にお任せの安心パック。
うーん、何事も導いてくれる経験者というのは大変にありがたい。
当日は晴天。
山眠る、とはよく言ったもので、
日の差さない深い谷筋、
カラカラに乾燥しているのに、全体に凍っている。
色彩に乏しくすっかり見通しの良くなった
険しい谷を、ただひたすら、右、左、右、左、
体重を移動しながら足だけを動かす
その繰り返し。ただひたすら。
ああ、これは、あれだ、木を彫るのと似てる
単調な繰り返しに見えて、その実、同じ場面はなくて、
頭の中は、いろんな思考が流れて消えてゆく。
思索にはもってこいだ。
もっとも僕の場合、思索というより、
妄想や雑念を遊ぶ、と言ったほうが正確だけど。
ゆっくりペースをキープしてくれるので、
心拍数が上がりすぎずに、ずっと繰り返せる。
それだけのことが思いのほか楽しい。
余裕が少しできると、周りにいろんなものが見えてくる。
沢をずっと下に見て。
サンペイ君の向こうに、巨人が頭を下にして倒れている。
正体は苔むしたセンノキの倒木だろうけど、
迫力のある遺骸を思わせる不思議な眺めだ。
雪景色には早かったけど、降った雪は解けずに残ってた。
が、さすがに行程半ばを過ぎ、膝が、膝が。
行程になだらかな尾根道というのがほぼ無い。
緩やかな登り、急な登り、最後は鎖場を多数含むとても急な登り。
ぬう、自分で言い出したとはいえ、
これは、なんというか、大丈夫なのか?自分。
「だから言ったじゃないですか、ハイキングじゃなくて両神はちゃんとした登山ですよって(笑)」
まったくその通りだ。やっとわかった。
標高差1000メートルを4キロの道のりで詰めるというのは
こういう事なのだろう。
鎖場を降りるサンペイ君。うう、すごい。その荷を背負ってなおなんと身軽な。
僕なんて、デイパック一つでひいひいなのに。
それでもまあ、右左、右左、とやっているうちに、やがて尾根が見え、
ひとつ岩を越え二つ越えしているうちに、
人工物が見えた。鳥居だ。
目的地の神社に到着。
とたんに凍えるような風が吹きつける。
北の方角に北アルプスの真っ白な峰々がのぞく。
気温マイナス2℃
ここまで約3時間半
ああ、でもなんとか来られた、僕でも。
両神神社奥の宮である。
こんなところまで神主さんや氏子さんが来るの?
こんな思いして、マジで?
信仰とはすごいものだ。
ちょっと信じられないところにちゃんとした祠が、静かに立っていた。
修験道の奥の宮としては比較的里から近い、といわれるが、
いやいや、僕にはとてもそうには思えない。
異界だと思う。
切り立った斜面にへばりつくような、
わずかな人の踏み跡をたどってくるうち、
とんでもなく深いところまで迷い来てしまった。
そんな感だけがある。
お決まりの大口真神、オオカミの狛犬がじっと、
最後の石段を見下ろしている。
これが見たかった。
ここから少し細尾根を行けば剣が峰という最標高地点らしいが
風が強くなってきたので
そこはあきらめて、降りることにする。
今日はここで十分。がんばりました。
いや、おかげさんです。
途中の山小屋の裏。
哲学者の椅子がぽつんと。
いや、数学者の椅子ほうがぴったりかな。
さあ、下ろう。
気温は一日中ほぼ0℃だったけど、汗だくだ。
ビギナーとしては、やりきった感たっぷり。
さあ、降りて温泉だ。
それでもって猪鍋だ。
ひゃっほう。
翌日である。
予想通り腿がぱんぱんに張っている。
腿の筋肉が削る前の鰹節みたいだ。
でもまあ、大丈夫。
予定通り、三峰行きましょう
両神に比べれば、まあ3分の一以下の大変さだそうなので。
でもさあ・・・。
あの岩山がそうでしょう?登れんの?あんなのに。
三峰神社の遥拝殿から望む、妙法ケ岳山頂。
幸い心配は杞憂に。
割とすぐに尾根に出て、右左すっとーんと谷底へ落ちてゆくような
細い道をたどって歩くコース。
なるほど、尾根ってのは気持ちのいいものだ。
見晴らしもよくて、気持ちがすうっと晴れてゆくようだ。
あちらとこちらの境界線上を進む、という特別感もいい。
最後にちょっと急な鎖場があったけど、
無難に到着。
本当に岩山の先っちょに祠がある。
ここが三峰の奥の宮。
突き出た鹿の角みたいな枯れ木をすり抜ける風の音
それ以外、音がない。
ここでも、主役はこの枯れ枝や、崩れてゆく岩山のほうであって、
自分が異物だ、と思える。
埋没するように、静かに息を整える。
静かにただ“居る”ことがこの聖地の作法かもしれないなあ。
両神も三峰も、古くから山岳信仰の山であり、
雨乞い信仰、山岳崇拝にはじまって、中世には修験道
近世になって、有名な狼の講中登山、と対象は移り変わっても
長きにわたって清められてきた場所には違いない。
そんなことを思いながら、
サンペイ君の沸かしてくれたほうじ茶を飲む。
いろいろありがとう。
やあ、来てよかった。
虫取りとは全く違う目的で入る御山もいいものだ。
正直に言うと、
僕は山も海も、なにがしかの収穫あってこそ楽しいもんだろう。
と思っていた。
ただ登るだけなんて、何が楽しいんだろう。
なんて思っていたのに、
里に下りてから遠くに峰を見て、
あそこに自分の足で行ってきたんだなあ。
と振り返るだけで、なんとも誇らしくなるものだ。
あと、ちょっとした自信と。
さて、病みつくや、つかざるや。
オマケ。牡丹鍋はかくあるべし。
赤みそ仕立て。ちょっと濃い味付けだったけど
なかなかうまかった。
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