2006年10月23日

オーディション

P1010028.JPG


 前回アップしたのがなんと9月の終わり。
一ヶ月もの間、なんら書くべきことがなかった。
というわけではなく、
制作におわれている間、はっと気がつくと、
窓の外は秋になり冬にさしかかろうとしている。
う〜ん。今回はよく引きこもった。

おかげで作品も出揃った。
そういうわけで今まさに最後の仕事。
卓上最終オーディションをやっている。
すべての作品にタイトルをつける。

せっかく作られてもこれで落とされる子もいる。
悪くは無いけど、今回には合わないのだ。
君はまた今度。
かわいそうだけど、
演出家は厳しいのだ。

展覧会を作る、というのは、作品をあるだけただ行儀よく陳列するのとは
違う。
見せ方と演出で、作り手の“いいたいこと”はまるで別の意味を持ってしまったりする。
なので、作り手にとっての作品とは、展覧会の会場そのものなのだ。
といってもいい。
むろん、展覧会は作家だけが作り上げるものではいない。ギャラリーとのコラボレーションであり、観客の視線と反応で完成する。
と、それが理想。
が、じっさいはなかなか、、、、。

 個展を料理にたとえてみる。
作品がスープの具、だとしたら、展示空間は椀だと思ってもらいたい。
具があさりか葱かきのこか、どう料理するのか?どんな器に盛るのか?その組み合わせで何の料理かが決まる。
具だけでは、それはただの“アサリ”であって、漁師さんかスーパーの魚屋さんの領分でしかない。
それをテーブルの器に盛り付けるまでが、作り手であり、ギャラリーの仕事なのだ。
例えばアサリは味噌汁にも澄まし汁にもなればクラムチャウダーにもなる。
つまり、“料”と“理”の組み合わせだ。

何でもいいというわけではない。

こんなに美味しいんですよ。
とおすすめするのが、展示会の意味であり、まあ入り口だと卑俗なたとえではあるがそう思っている。
これはけして一般的な解釈ではない。
あくまで、僕個人のたとえ話である。

 最初の段階でも、制作しながらも、また出品作品が出来上がっても、
さらに搬入の現場でも、作品作りと展示空間作りは同時進行ですすむ。
プランは日々変化する。
よし!これでいこう。ばっちりだ!
方向は決まった。
昨日までそのはずだったのに、、、、。
なんか趣旨が違ってきてない?で、また練り直し。

そうやってせっかく頭の中で組み立てたプランも、
最後の最後にまたどんでん返しがあったりする。
作品を運び入れた実際の現場の空気は、
良くも悪くもつねに自分の作り上げたイメージを裏切るからだ。
アトリエとは作品がまるで別物に見えることもあるから、
場所の空気や光って不思議でまた厄介だ。
そしてそこで起こるハプニングにぼくは期待もする。
トラブルは困るけれど。

よく知り尽くしたはずの自分の作品が別の顔を見せるときに、
作品は手元を離れるものだとおもう。

明日搬入。
あれもやりたいこれも出来なかった。
やり切れず足りない部分も正直感じるけれど、
良くも悪くもこれが今の等身の自分なのだ、と腹をくくろう。
恥をさらそう。
それが個展なのだ。

さて明日どんなハプニングが、、、。








posted by 前川秀樹 at 20:51| Comment(2) | LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初日の夕方にイーファ展にお伺いしました。いやー素晴らしかったです。心の奥に語りかけてくるものがあります。朽ちたものから生み出される命、ちょっと表現は陳腐ですが、本当にそんな感じがしました。奥の部屋に置かれた古い教会の暗い中で蝋燭だけで灯されたような厳かで神秘的な作品の。壁面の間を活かし明りと影で織り成された作品。どれも心に響きます。これからの作家活動の中核として位置づけられるそんな作品なのではないでしょうか。またお気軽にお話をさせて頂き、感激もいたしました。ありがとうございました。
Posted by taco at 2006年10月26日 19:03
tacoさん。会場でお会いできて本当に良かった。きていただいてありがとうございました。ネット上でのわずかなやり取りだけの方でしたのに、なんだか古い知り合いにお会いしたような、不思議な感じでした。
おまけに立派な感想までいただいて。恐縮です。まだまだやりますよ!さらに次、ご期待くださいね。御礼まで。
Posted by maekawa at 2006年10月26日 21:04
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