2011年05月27日

gwener 終了。

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地震のあと、
自分が何をするべきかを考え、、る間もあまりなく、
僕はアトリエで木を刻みました。

電気も水道も止まって、ガソリンも少なく、
あわてても仕方がないと開き直ってしまったし、
とりわけ他にすることがなかったからです。
他にやることがない。
それは消去法というよりも、
つくるという行為によってのみ
自分はここに生かされているのだ、という事実が
大きな地震いによってむき出しにされたからです。

あれから約2カ月後、
「gwener」が無事幕を開けました。
“あの事”の前後で作品は変わったか?
心理的影響はあったか?
そういった質問を今回は幾人からもいただきました。

あったといえばあったし、何も変わらないといえばその通りなので、
どちらともいえません。とあいまいに答えるしかありませんでした。

作品、あるいは表現されたもの、というのは、
いわば作者の内側の世界と外側の世界を隔てる緞帳に、
わずか開いた隙間のようなものです。
その隙間を舞台の上から見るか、観客席から見るか。
そういうものなのだと思います。

舞台の内側でどんなことが起こっていようと、
観客の側からは、そのわずか開いた隙間に写る一瞬の光景から類推するほかありません。 

それは言うまでもなく内側では色々とあったのです。
けれど、さらにその緞帳を全開にして、すべて見てください。
と、やるわけにはいきませんし、そんなことしようとも思いません。



「gwener」
星を観るしかないそんな夕暮れに。

さまざまな感想をいただきました。

これまでもずっと見ていただいている方々の目に、変化が映ったとするなら
それが、作り手の成長ですし、大きな事件が作り手に与えた目に見える影響なのでしょう。

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前回よりも作品も増やして、力強く、そして静かに。
予定されたことを当り前にやりたかったのです。
今この時にこそそれが出来ないようでは、
ファンタジーが、メッセージとしてきちんと機能しないような気がしたからなんです。

おかげさまで、さまざまいただいたご心配の言葉と
好評のうちに終えることができました。

つくる意味。
人に伝える意義。
分かってもらいたいという意地。

4回目にして明瞭になった部分も多々ありました。
さて、だからと言って、
がらりと作風が変化する、ということは無いのでしょう、きっと。
そもそも変化が著しく誰にもわかるような
個性的な作風など確立されているわけでもないですし。

次回。
同じく青山DEE’S HALLでは、来年2012年12月が予定されています。日々淡々と畑を耕す農夫のように、木を刻みたいと思います。
その収穫は1年半後。
今回会場でお会いできた沢山の方々。また残念ながらお会いできなかった方々。
東京ではまた来年、お会いしましょう。
沢山の感謝をこめて。
ありがとうございました。


追記

東京では来年ですが、直近の個展は“今年12月”に控えています。
広島ぎゃらりーたむらです。
西の方面の方々。楽しみにお待ちください。こちらも前回よりも増量パワーアップを心がけて
頑張ります。


posted by 前川秀樹 at 07:55| 作品発表、展覧会情報、等。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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