2011年03月14日

3日目

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3日が過ぎました。

願う、と祈る は似ていますが、
少し違うように思います。

願う、というのは思いの主体はいまだ自分自身なのですが、
祈る というのは、
地上に生かされた個人には、
もはやなすすべもなく、
ただ、大きなものに委ねるしかないそんな
身も心も振り絞るような、命の発露です。

死者、行方不明者はおそらく数万人に上ることでしょう。
被災者の皆さまのご冥福を心よりお祈りいたします。

まだ、助かるはずの命のために、
不眠不休で救助に当たっている方々がいます。
いつ爆発に巻き込まれるかも知れない現場で
暴発寸前の原発の最前線でその身をさらして戦っている人たちがいます。
電力の安定供給、水道のパイプ破損を夜を徹して直している人たちがいます。

心より感謝を申し上げます。

一瞬で、すっかりと更地のようになってしまった町。

あの頑丈な防潮堤をものともせず、やすやすと越えてくる波は
まるで、水たまりで無邪気に遊ぶ子供の仕業にように
あっけない映像です。
そんなことが起きうるのか、
と、未だ信じられません。

今日も涙が出ます。

僕らは同じ地上に
今回、たまたま生かされました。

土浦の拙宅のあたりでは未だ水は出ませんし、ガソリンもありませんが、
生きてゆくのに支障はありません。
いえ、いつも通りに近い暮らしはできます。
ですから、自分にできる、いえ、自分のやるべき生の営みに
力を注がねばならないのだと思います。
日常を繰り返す。

この星で今何が起きているのか
それを知恵の浅い僕らは知りようがありません。

けれど、
昨日も今日も僕らは仕事場で
仕事をしました。
それが許されていることに
ただ
感謝せざるを得ません。

できることをやりたいと思います。

いち早い復興を願います。
いえ、祈りながら日々を過ごしたいと思います。




posted by 前川秀樹 at 20:04| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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