昨今の出来すぎたCG画像の視覚的愉悦には、一種の中毒症状がある。
SFやファンタジー系の映像は、ほんの少し前までは想像で補うことで完成していた夢のような光景を、
まるでそれがどこかにある現実であるかのように、脳の外に投影することに見事に成功している。
観客はもうあれこれ考える必要もないし、持ち前の想像力を発揮して、
至らない部分を補完する必要もない。
それは大変なことだが、ここでは触れない。
しかしそこには確かに、知らず身をゆだね、脳をとろかしてしまうような
誰かが仕掛けた視覚的愉悦というドラッグが存在する。
僕は、海岸という場所を、そういう体験をする原型の場であると勝手に思っている。
もっともこちらは交じりっ気なし未調整天然ものなので、
作用する人とそうでない人を大きく振り分けてしまうに違いないけれど。
とりたててこちらが考えたり、積極的に理解に努めようとするのでなく、
ゆだねることが一番の作法だという事を、
子供のころから僕はよく知っている。
波や強い風や足音、どれも繰り返しでありながら、同じではない。
スクリーンは足もとに広がっている。
次々現れる驚異の場面が何処までも延々と続く。
一晩でまたその場面は変わる。
それは世界が終わるまで続く。
この北の波打際がそんなヴィジュアルドラッグの事を強く思い出させる。
どこまでもどこまでも続くフィルム。
そのフィルムには同じコマはひとコマもない。
そして、実際にその場所に立って思った。
どうやらここのは強烈に効く。
で、ようやく“石”である。
“石ころ”である。
大切な役者である。
ここのはとにかく、たたずまいが、いや石ころにそれはないか、
転がりずまい?が絵になるのだ。
一つ一つもこれまた、主役級の実力者ぞろい。
こんなフィルムは絶対に実現不可能だろう。
という現実の場所がまさにここにあるのだ。
石ころをつい拾って帰ってしまう子供だった過去、を述懐する人は意外と多い。と思う。
子供は何故それに手を伸ばすのか?
それもここではふれない。
今日はとりあえずそういう難しいことを考えたくないのだ。
ただ脳の高揚感をそのまま丁寧にどっぷり味わいたいだけ。それだけなんだ僕は。
丁度岩手で仕事のあった、さすらいのひよこ鑑別師、サンペイ君と合流。
明日まで3人の旅程とあいなった。
さあ、一緒に脳をとろかすのだ。
君もまたそんなりっぱな変態の一人だと僕は認識している。
その証拠に、今日のこの場に臨んで、彼は自前の籠と潮干狩り用の熊手を購入してきていた。
波打際を果敢に攻めるためだ。
やれやれ一服。興奮しすぎて疲れてはないけど。
サンペイくんが熱い珈琲を野点してくれた。
腰を下ろすとなぜか必ずカモメが物珍しそうに寄って来る。
道中、農協で買った林檎を食べて、その芯を投げてやると、
すぐさま咥えてはペッと吐き出す。彼らはそのあと必ず、ミャア、と一度鳴く。
3度やって3度ともミャアと鳴いた。
「なんだよ!」とか、
「ケッ!」とか、いずれそんなミャアなんだろう。
さて、みなさん、成果は?
おお、五色 錦 なんでもありの色彩である。
だからこんなこともやってみたくなる。
ここからは家でちょっと磨いたりして撮影した写真。何石とか構成鉱物とかそういうのもまあここでは
触れない。
さて、十分堪能した。
日が暮れる前に宿に向かおう。
しかし僕はここでだんだん異変に気が付き始めた。
困った。車の窓から見える風景がなんだか変だ。
特に視界の端っこの方。
何時間も、下だけを向いて、色と模様と形と、その取り合わせの妙と、
そういうものだけに集中して見続けると、
ナチュラルドラッグを摂取し続けると、
果たしてどういう事が起こるか。
北海道がかすむ灰色の水平線にも、
重い雲に押しつぶされそうな薄紅色の夕焼けの帯にも
岬に張り付き波打つ深緑の柏の森にも
大岩のダイナミックな褶曲にも
標識にとまるホトトギスの胸の絣模様にも。
鉄柵に浮き出た錆びにも、
露天温泉の給湯口に厚くこびりつくカルシウムの層にも、
布団で目を閉じても走馬灯のように(笑)
すべてに、
石相を見てしまうようになるのだ。
目に見える全部、これ“石”なのだ。
ああ。。。僕の目、こうなっちゃうのかー。
石に取憑かれるってこういう事なんだねえ・・・、
としみじみ自覚。
でも、遠大な風景も豆粒のような石ころも、マクロもミクロも本来的には違いはないのか。
とも思う。
人の身体のサイズとか、日常の価値を基準にそれとこれとは別物ですよと決めているだけで、
人の存在とは関係なく、
本来石は小さな風景だし、山は大きな石ころの表面なのか。
海は濡れた石ころの滑らかな表面なんだな。
人類学者レヴィ・ストロースのいう“野性の目”
それは案外こういう単純なものなのかもしれない。
面白い発見だこれは。
そんなふうにちょっと言葉を組み立てて見て、
溶けた脳の体裁を整えようとしてみたり。
夕飯のとき、スズキのお造りをつつきながら、向いのサンペイくんに、
「目を閉じてても開けててもさあ・・」
「あー、キますよね」
「なあ、クるよなあ」
トロの切り口が赤い碧玉の縞模様に化けてしまう
今日は、そんな石のお化けの話。