2016 may ibaraki
梅雨入り前のルビジノ。
雑草がすごいことになっています。草刈りを考えただけでうんざり。
とは言え、がんばって今月もオープンしますよ。
6月 4日(土)5日(日)6日(月)7日(火)です。
作品荷物の発送を終え、あとは搬入日までこまごま準備が残っているのだけど、
まあ、一日くらい休もうと思い、
昼から海へ。
展覧会直前だし、英気を養わねばな、
それを理由にして石拾いとか。
今日は潮がよく引いていて岩場が穏やかな浅瀬に。
長靴ごしに感じる水の冷たさもまた心地よい。
水につかった石って本当に色鮮やかに見えて、
あれもこれもと手にしてしまう。
ところがしばらくして手の中を見ると、
がっかり。どれも白茶けちゃって。
これがおきまりのルーティーン。
そしてその度に、まあ、現実ってこんなもんだ、そんな甘いわけがない。
と、呟いてみる。でもこれは言いわけでなく、むしろ納得。
「甘くない」という程よい現実感に、
多分、自分の心はどこかで安堵している。
沢山拾った中で、僅かながら期待が長持ちする“いいもの”が交じっている。
その希少さをじんわり嬉しく味わう時まで、沢山のがっかりや甘くないを
下ごしらえとして経なければならない。
そうあってほしいと思う。
さて、今日の“いいもの”一等賞がこれ。
黒い部分が層をなしたガラス質、ぽこぽことまるい団子状。
状態は瑪瑙や玉髄の仲間には違いないけど、
黒い色や白っぽい層が謎。表面が白っぽいけど多分割ってみれば中は黒。
こんなの見たことないなあ。
その浜一帯で同様の石はいくつも見つけたられたけど、
ちょっと離れた浜のメノウはどれも白濁半透明なのに
どうしてここのは・・・?
いやいや全く素人の見当違いで実はこれメノウじゃないのかも。
そんなことをあれこれ想像して考えさせられるだけ少なくとも
この何の変哲もない石ころにはある種の力が宿っているといえる。
綺麗なだけじゃなくもしかしたら珍しいものかも、とじわじわ嬉しくなる。
僕はパワーストーンやパワースポットという昨今の安直で依存的な臭いのする
ことばが苦手だ。
「ここはパワースポットとして有名なんです」
「すごいですねえパワー感じますよ!」
とか、そういうテンプレートなやり取りがテレビの中から聞こえてくるたび、
それは気のせいなんじゃ・・・・。
と冷めていく正直な自分がいる。
気のせい、も悪くはない。とは思う。
本当にそう感じたならその受け答えでいいとも思う。
けれども、
なんでもかんでも誰かの言ったことを疑問を持たずありがたがって
鵜のみにしてしまうのは如何なものかと思う。
同じように何でもかんでも難癖をつけるだけなのも、
受け答えがテンプレートであるという点において、基本的には鵜のみと同質だ。
その場合“鵜のまず”とでも呼ぶのだろう。
烏合の衆なんて言葉もある。
でも人は鵜や烏じゃないんだから。
僕にとって物の持つ力とは、自分が強く魅力を感じるかどうかであり、
それを殊更に不思議だと思える対象であるかどうか、
その2点に尽きる。
謎、とは知らないという事がわかること、
不思議とは、そこから一歩出て、なんだかうまくおさまらない解釈を試みてしまう事。
自分がいま知らないことはこれなんだな、と気が付くこと、部分的無知の認知、これが“謎”だ。
ある部分、あるいは虫食い状にすとんと抜けていて、全体が明快じゃないから
これは居心地がわるい。
そこでいろいろ考える。
解釈をしようとする。
上手くいかない、
なぜか?
それは多分その謎の解釈が間違っているから。
で、おや、不思議だね、となる。
そこで一端、不思議を忘れ、
解らないこと、謎の状態に頭をリセットする。
的確に空欄を埋めれば、
きっとパズルが解けるように腑に落ちる“理解”が得られるに違いない。
それで焦ってまた間違った答えを代入してしまう。
そういう、謎と不思議の行ったり来たり、
一歩手前のほころび状態はもどかしい半面、実に魅力的だ。
で、ちゃんと知りたいと思う。心にそういう力が湧く。
反面、その宙ぶらりんな感情をそのままに保存したいとも思う。
宙ぶらりんでもいいのじゃないか?
それは夢から覚める直前のような甘やかさにも似ている。
それが“不思議”という感情だ。と僕は考えている。
だから僕がいつも探しているのは、虫や石ではなくて、
より大きな不思議との出会いなのだろう。
言いかえれば、僕は世界の正解をいち早くつかみたいのではなく
まずは誤解してみたいのだろうと思う。
それは僕の認識作法のようなものだ。
16世紀の貴族たちや、20世紀のシュルレアリスト達の言葉を借りて
ちょっと気どって言うなら、
ヴンター、つまり驚異との出会いに対する憧憬である。
不思議(誤解)の予備軍は多分最初から自分の中にある。
魅力的な“物”との出会いはそれが発芽する切っ掛けにすぎず、
栄養ドリンクのように分からない何かが知らないうちに体内に流れ込んできて
不思議パワーでなんだか元気になる、
そういう受動的なものではない。
そんなのは気のせいだ。
思わぬ者、意思持たぬ者に世界との相互干渉作用は決して訪れない。
さて、今回の黒いメノウ?のパズルは、
甘やかな感情のままにしないで、
考えが尽きた頃あいに専門家に見てもらって、
答え合わせをしようかな。と思う。
多分、ありふれたたわいのない答えが返ってきて、
がっかりするかもしれない。
それほど現実は甘くない。
でもそれでいい。
僕は鵜じゃないから。