2016年03月30日

4月ルビジノ

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土浦もようやく桜がちらほら。
気温が低いわけではないのですが、
開花は東京よりもちょっと遅れています。

田舎は人が少ないからか、
満開になってもお花見でブルーシート全開、お祭り並みの人出、
とはならず、どこものんびりしたものです。

さて、4月ルビジノ、2日(土)3日(日)4日(月)5日(火)

オープンします。

お待ちしています。
posted by 前川秀樹 at 18:32| ルビジノ情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月27日

息災ですか?ポムじいさん。

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天気のいい今日は、仕事は休み。
朝からちょっと県内某所の山を歩く。
この山には、古い廃鉱山があり、
山の斜面のあちらこちらには未だ廃鉱道がぽっかりと真っ暗な口を開けている。
目指すはそこ。
僕はここにくるのは3度目。
千恵と二度訪れて、今回連れだされたお伴はいつものタキシタタツシ。

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林道を歩く。


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まだまだ歩く。



「結構しんどいですね。」

「そう?そんなにきつい感じでもないだろう?」

「いや、実は今朝出発前に10キロランニングしてきたんですよ」


ええ!なにやってんの!?馬鹿じゃねえの!?
足の筋肉がぱんぱんになるとちょっと嬉しいって・・
運動マニアってちょっと感覚が違うなあ・・・。

程なくしてたどり着く石ころだらけの斜面。
ズリである。

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ズリとは要するに、採掘された岩石から価値のあるものだけを取り除いて、
その大量の残りかすを捨てた場所。つまり鉱山ゴミ捨て場である。
この鉱山では タングステンや錫、黄銅鉱なんかを採掘していたらしい。

さて、物色開始。


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腹ばいになって石をより分ける。



ゴミとはいえ、その中には結構面白いものが混ざっていて、
それを見つけ出すのは宝探しのドキドキ感があって楽しい。

途中、お昼休憩をはさんで、少しずつ場所を移動しながら、
結局この場所で約4時間。
そろそろ集中力が切れて来たよ。
どれ、収穫のお披露目をしようかね。
お互いのエースを出し合って勝負だ。

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「どう?」

「今日はこれですかね」

お、結構綺麗なの見つけたねえ。
僕はこの辺かな。



ここの水晶は透明感もあまりなくて、綺麗なものは少ない。
おまけに完全な六角柱の姿では出にくくて、欠片ばかり。
だから価値や魅力に乏しい、と、石好きの間での評判は芳しくないようだが、
それでも、ビギナーの僕なんかにしてみれば、
土の中でシャープな面にキラッと光が反射した瞬間はどきっとして結構嬉しい。

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これは孔雀石。黄銅鉱の酸化鉱物。昔はこれを粉にして日本画の絵の具にしたらしい。
地味な色彩の早春の山中で緑青色がなんともみずみずしい。



うん、満足満足。必要な分だけパッキングして、持って帰るかね。
家で石のクリーニングするのが楽しみだ。
汗もかいたし、温泉に寄って帰ろう。

で、これがクリーニング後。

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欠片とはいえ、それでも水晶は水晶。魅力的なものだ。
いつか透明なあのピシッとした水晶を見つけてみたい。
ほら、あの如何にも姿勢のいいやつ。計画立てて遠征しないと無理か。

 とはいえ、近場のこのあたりの山にも鉱脈はたくさん走っていて、
多分こまめにあちこち歩き回ればそのうちもっといろいろ見つかることだろう。
トパーズやホタル石なんかも産出するらしい。
発見してみたいものだ。
これはつまりあれだ、山師ごっこなのだ。
山師といえば、ぱっと思い出す姿はあの人。
天空の城ラピュタのポムじいさん。
パズーとシータに地下で飛行石の燐光をかいま見せるあのシーン。
常田富士夫さんの声もまた良かったなあ。

ああいう、なんというか“探索する人”って、やっぱりついあこがれてしまう。
しかしとは言えだ、とてもじゃないが、
僕には今にも崩れそうな真っ暗な鉱道に侵入する度胸は無い。
あんな真っ暗な穴、覗いただけでぞっとする普通のチキンだ。
だからまあ、せいぜいポムじいさん気どりでハンマー片手に
尾根や谷や沢をたどる“ふりじいさん”だけどさ。









posted by 前川秀樹 at 21:02| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月22日

春木偶参加者募集!

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28日の時点で参加定員に達しましたので、お申し込みを締め切らせていただきます。

東京の桜の開花宣言は昨日。
予想通り少しだけ早めに到着した今年の春。
さて、その開花と時期を重ねるように今年も恒例春木偶参加者募集ですよ。

募集開始は3月25日(金) です。

お申込み、詳細についてはこちら、DEE’S HPの EVENTページにお申込フォームが出ますので、
どうぞそちらからお申し込みください。

第18回目となります今回は 4月23日(土)24日(日)の開催となります。



改めて、木偶講座って何?
と、はてなマークの方へ。

通称木偶講座、「木偶の棒をつくる」ワークショップ
青山DEE'S HALLでは、春と秋、年2回開かれています。
日がな一日、未だ樹皮の付いたままの枝を刃物で刻み木偶の棒をこしらえる、
体験型ワークショップです。
1日のご参加でもどうにか頑張れば完成まで、2日ですともう少しゆとりができます。

こちらで用意した小刀、鑿、彫刻刀などを使います。
刃もの初めての方でも大丈夫。
初心者のための講座ですので、少しだけ勇気を振るってどうぞご参加ください。
子どもさんでも、小学3年生くらいですと、ぎりぎり道具が手で握れます。
そのあたりは、DEE’Sまで御相談下さい。

今回はどんな方々、どんな名作珍作に出会えるのか、
僕も楽しみにしています。
ひと月後、青山でお会いしましょう。







posted by 前川秀樹 at 20:18| ワークショップ情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月17日

慈雨と反省

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 隣町つくばでささやかに毎月開かれている 筑波ジオカフェ。
偶然にも二人の年上の友人から情報をいただいて、
なんだそりゃ?と調べてみたら、
要するに主に筑波山周辺のの地質なんかについて、専門家のレクチュアを受けませんか?
お堅いものではないですよ、お茶でも飲みながら。
という軟式めいたイベントらしい、主催は何処なんだろう、良くわからない。
昨夜のお題は、筑波山の麓のある地域の古い石碑やお地蔵さんなんかの石造物が
何処の石で造られていて、その推測可能な産地から、
当時の地方と地方の交流や石工の様子なんかを推し測ってみよう、
というもの。

平日の18:30〜という微妙な時間帯のようなので、
そんなマニアックなイベント、どのくらいの集客があるんだろうとおもって出かけてみたけれど、
始まれば意外や意外、用意された20席あまりの座席はほぼ満席。
参加年代は、これはまあ予想通り、定年を迎えたかに見える
ひと癖ふたくせありそうな年配紳士たちがほとんどだった。
僕ら二人はその中ではもっとも若造。

にしても、きちんと専門家から、何かを教わるという事が
なんだかものすごく新鮮に感じた。
知らないことを知る。知りたかったことを知るというのは、
春の慈雨のようにじわっと温かい熱がしみ込んでくるようで
幸せな気分の2時間だった。
単に少しばかり知識が増えた事よりも、
思いもよらなかった新しい視点に出会えたような気がするからかもしれない。

 思いおこせば、僕は学生の頃、美術館よりも博物館に足を向けることの方が多かった。
いろんな講座にもまめに顔を出していた。
もちろんフィールドに出かけることはもっと多かった。
美大生なんだからしっかり絵を学べよ!
お前がちゃんとしておかないから。
と今の自分からはきつい突っ込みを入れたくなる。

すっかり出不精になってしまった昨今、
しばらくこういう気分は忘れていたんだけれども、
うん、これはいいことだ。
自分もワークショップを続けているのだから、
たまには立場を逆転して生徒になって初めて分かることも存外に多い。

知りたいことや、理解が必要な事柄を何となく棚上げにすることに慣れてしまっていた。
自分の長年の知的怠慢をちょっと反省した。

 それも学生の頃、自然科学の不思議をたくさん抱えて持てあましていたことを思い出す。
今のように気軽に検索できるツールなんて普及していなかった時代の話だ。
美大から国立科学博物館の古生物研究室に進んだ風変わりなゼミのI先輩に
あれやこれやとその都度なんでも聞いていたら、

「お前の本当に知りたいことへのぴったりの答えは、俺は持ってないよ。多分何処にもズバリのことは書かれてない。 知識となんていうのは結局自分でさがして、それに近い小さな事柄を地道に組み立てたどり着くしかないのだ」

そんなかっこいいセリフでやんわりと愛ある距離を置かれたことがあった。
根気も根性もない僕は、え?何処にも載ってない?
じゃあ、ムズカシイ本とか無理して読んでも無理かあ・・・。
じゃあまあこのままぼんやりとした疑問のままでいいか。
などと、学徒にあるまじきふまじめな事を想ったものだ。
実に怠け者の僕らしい発想だけれども、いまさらながら全くなんてやつだ。と思う。
そんなふがいない後輩の反応にI先輩はきっとがっかりしたことだろう。
今になって、申し訳なかったなあとか、もったいない時間を過ごしたものだなあ、としみじみ思う。

時を経て深い理解や納得にたどり着くことは至福の感動だ。
だから、面倒くさがらずに日々ちゃんとちまちま栄養を摂取しよう。
いまさら、という事もあるまい。
出来る範囲で、あの先輩紳士たちの姿勢を見習うとしよう。
posted by 前川秀樹 at 13:29| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月14日

アウトサイダー

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 沼津にあるベルナール・ビュッフェ美術館で12日に始まった、
ロベール・クートラスの大回顧展。
クートラスといえば日本ではタロットカード(フランス語ではカルト)のようなカード形の
作品が有名だけれど、
今回はグアッシュ、テラコッタ、制作ノートやデッサンなど
展示内容は多岐に及び、その作品量と質において、日本ならずとも
おそらく前代未聞の大回顧展といっていい。

彼の作品のすべてを現在管理なさっているのが、岸真理子モリアさん。
彼女はクートラス氏の最後の恋人である。
彼女が来日されて、
トークショウならびにレセプションパーティがあるとお知らせをいただいたので、
出かけて来た。
例によって青山で土器さんをピックアップしてのドライブ。

オープンしたての時間帯に到着したこともあり、展示はゆっくりと見ることができた。
もう、唸るしかない内容である。
なんというツボを心得た画家なんだろうか。
何のツボかというと、誤解を恐れず平たく言えば、
どれもこれも欲しくなる、物欲を的確に刺激するツボである。
身近に置きたい、できればずっと毎日のように眺めて暮らしたい、
カルトに巧みにちりばめられた染みのようなテクスチュア一つにこれほどの情報量を
どうやったら凝縮できるものなのか。
そう思わせるような魅力をこれでもかと、
作品たちは何にはばかることなく奔放に醸し出していた。

作品が観る人の物欲を刺激するからといって、
クートラス氏自身が生前、その売買に関して積極的だったのかといえば
それは全くの逆で、パリの小さなアパルトマンで制作に明け暮れた毎日は
ただただ造りため込むばかりの、困窮が常の暮らしだったらしい。
まあ、観客目線で言えばそういう生活ベースを想定したほうがしっくりくるような性質の作品群だ。
画廊との契約関係を断続的に仕方なく続けながら、
カルトが売れた日には逆に落ち込んでしまう、という
ある意味困窮が保障されたような(苦笑)画家だったときく。

真理子さんからその話を伺った時、それ、いつの時代の話?
と正直思わないでもなかった。
考えてみればそれはほんの25〜30年ばかり前の話だから、
日本ではバブル真っただ中の頃なのだ。

当時のフランス美術界画壇にも時流の表現にも、おそらく彼は一切興味がなかったのだろう。
生まれる時代を間違えたのでは、と僕は素朴に思ったし、
以前彼の友人が似たようなことを
彼に向って言ったというエピソードを思い出して改めて

真理子さんに聞いてみた。

「中世に生まれればよかったのに、そう彼の友人が言ったそうですが、彼自身も自身の中に中世的なモティーフや魂みたいなものを強く意識していたんでしょうか?」

「いいぇ、かれはそんなこと何も考えてなかったと思いますよ。何しろ石工の修行をするのに良く観たものといえば教会や修道院でしょうから」

との答え。

なるほど、さもありなん。
同時代の画家の絵なんて彼には多分興味の外だったのかもしれないし、
これだけがやりたかった。これだけを描きたかった。
ただそれだけで、
これ、というか教科書がたまたま、中世に造られた造形物だったという事なのだろう。

とはいえ、だ、クートラス氏の根っこの部分に共鳴しえたのがそういう古の品々であったというならば、
やはり呼応する相応の根底はもともと備わっていたのでは、と考えてしまうのだけれど、
もしも御本人にお会いできていたならば、
今一度、根底の横たわるそれ、についての本人の自意識を直接問うてみたかった。
今となっては叶わない願いの一つではある。

アウトサイダーなどというのは、いわゆる画壇を十分意識して、
それに対する位置づけなのだから、
彼にとってはそんなことすらどうでもよかったのかもしれない。
すごいことだ。
本当にいつの時代の何処の人だ、と僕は改めて思った。

今回同時に展示されているベルナール・ビュッフェの作品群。
ビュッフェとクートラス氏は同時代のパリで活躍したわけだが、
全く対極的な生き方の二人の画家の足跡が
より展示を際立たせている点は実に味わい深い。

 

 昨年5月にヨーロッパに出かけた時に、
僕は実は縁あって真理子さんの現在のお住まいに伺う事が出来た。
滞在中厚かましく2度も。パリの滞在中、他でもちょくちょくお会いして、
これは彼女の明るい人柄ゆえだろうが、
その度ごとの会話や対話があまりに楽しくて強く印象に残る話ばかりだった。

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丁度今回の展示の為の作品集の撮影が行われている合間の訪問だったこともあって、
パリ郊外のフォンテーヌブローの閑静なお住まいの中はクートラス氏の手仕事のあとが、所狭しと
かつ美しく溶け込んでいた。

僕が何より衝撃を受けたのは、
彼のカルトやグアッシュ以外の手仕事の闊達さとその自由度である。
段ボールに錆びた空き缶に粘土。ありとあらゆる“拾いもの”が彼の表現の糧となっていった。

僕たちの知るところの作家の代表的な絵画作品が、一つの樹の幹のようなものであるなら、
その知られざる枝葉のなんと豊かで自由な事か。
丁度一緒にお宅にお邪魔したミスター・ユニバースの関君と二人で、

「この枝葉の多様さがあってこそ樹はちゃんと美しくあるんだね・・・」

と何度も交互にため息をついたのを憶えている。
こうありたいものだね、と深い反省と納得を得た。

同時に、この作品達に必要最小限の社会性を持たせ、
生活の活路を見出すことに奔走されたであろう
真理子さんの御苦労と才能と何より情熱にこれまた深く首を垂れる思いだった。
やはり芸術家には理解者と協力者が絶対に必要不可欠なものだ、といったところだろうか。

今展覧会、期間が8月までと長く、また幾度かイベントも企画されているようなので、
7月の中村好文さんと皆川さんのトークショウにでももう一度伊豆まで出かけようかな、
と思った。
この先あまりない機会だろうから、
さらにゆっくりたっぷり、その魅力に溺れて窒息してしまいそうになるのと必死に抗い
溢れる物欲と格闘しながら作品と対面したいものだ。
いや、まあそんな複雑な形相の観客が自分の作品の前にいたら
クートラス氏にはたぶんドン引きされてしまうかもしれないけれども。







posted by 前川秀樹 at 14:52| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月02日

3月ルビジノ

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どこもかしこも梅の花が満開ですよ。
梅は桜よりも花が長持ちですね。
明日はひなまつりだけど、桃の花は何処に行けば見られるのかなあ。
遠くの山がかすむほどの桃源郷の風景を見てみたいものだなあ。

さて、水温む3月。ルビジノのオープンは次の通りです。


5日(土)6日(日)7日(月)8日(火)

です。

お待ちしています。
posted by 前川秀樹 at 18:37| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする