その昔、下野国(栃木日光)にある二荒山(男体山)の神と、
上州(群馬)の赤木山の神が戦った。
二荒山の神はオロチに、赤木の神は大ムカデへと姿を変え、
二荒山のふもと、中禅寺湖で激突する。
事の起こりは、美しい中禅寺湖の水の奪い合いだった。
国境をまたいで進撃する赤城の大ムカデ軍を
二荒山のオロチ軍が迎え撃った。
しかし、ムカデのあまりの勢いに、二荒山の神は圧倒された末、
本拠地二荒山麓まで敗走することになった。
敗軍となった二荒山の神のもとへ、常陸鹿島(茨城)の神からお告げがある。
援軍、奥州にあり。乞うべし。
二荒山の神は今度は白い鹿に姿を変え、
奥州(東北)へと援軍を要請。
弓の名手猿丸太夫を召喚することに成功した。
これが決め手となった。
猿丸太夫の剛弓が見事、大ムカデの大将の眼を射ぬき、
ようやく撃退に成功しましたとさ。
というのが、
奥日光 戦場ヶ原の名前の由来だそうだ。
下野国、ムカデ退治とくれば、藤原秀郷、またの名を俵藤太を置いて他にないだろう。
平将門の乱において、下総国、猿島郡にて、
平将門を打ち取るという武勲で名をはせた武将。
その報償として得たのが、下総国使、武蔵国鎮守府将軍というポジション。
下野に深い縁のある人だったんだな。
こちらは、実在の人物、とされている。
史実をもとに、神戦の伝説が出来上がったのか、
もともと原形となった神戦の伝説があって、
そこに実在の人物や出来ごとをあてはめて
さらに勇ましく脚色され、伝わったのかは定かでないが、
両者にそれなりの関係性はあるのだろう。
さて、話は変わるが僕は8月ずっと、ひどい50肩に悩まされた。
正確には 肩関節周囲炎 というらしい。要するに長年の使い痛みだ。
どうにも良くならないので、温泉にでも行ってみるかね。
気分転換程度でも。と思い立ち、
先週、一日、仕事を休みにして下野国までドライブに決めた。
長距離運転がきついので、運転は千恵。
癒されるコッツウォルズのせせらぎ。
と言いたいところだけど、ここは奥日光。
戦場ヶ原、このとんがってる名前がいい。
湿原の木道を過ぎるとミズナラやトドマツの巨木の森が広がる、
貴婦人の異名を持つ、草原にすっくと立つ白樺をながめたあと、
また駐車場へ。
伝説の野をぐるっと4時間足らずの長めの散歩。
うん、少なくとも気分はいい。
見晴らし。とは言い得て妙だ。
それだけで、凝り固まった体や脳が切り替わるのか、
雲が途切れて陽が差すように、
ちょっといつもと違う視点に切り替わる。
ちょうど木道の途中に伝説の解説パネルがあったものだから、
ずっといろんなことが頭をぐるぐると廻っていた。
例えば・・・・。
史実と伝説。
どう違う?
どちらも大昔の話だし、
考えたらそんなに違いは無いんじゃない?
いや、一方は今も証拠が残る事実で、一方はおとぎ話、創作じゃないか。
それは、全く別物だろう。
それはまあ、その認識で間違ってはいないのだろうけども・・・・・。
いやいや、でも、と考える。
共通する部分は有る。
どちらも、それを語り伝えたのは人なのだというところ。
文字で書き記そうが、口づてであろうが、
そこに、人の意図や願望や責任といった、
人間臭い虚飾がなかったということはできない。
その点では、記録も記憶も決定的な差異はない。
フィクションだろうとノンフィクションだろうと、
結局、物事を語る、すなわち物語、の形をとってしか、
ひとは、何かを後に残すことは出来ないのだろう。
さすがに大ムカデやオロチとなれば、
はなから、なにがしかのメタファーで、ファンタジーなのだろうと、
察して読めるけれど、
突き詰めればどちらか判別付き難し、なんて如何わしい“定説”いくらでもある。
けれど、それを、ホントかウソか、事実か虚構か、
僕自身は詮索も検証も、
ほどほどで止めることにしている。
物語の嘘を暴くなんて、野暮天もいいところだし。
味わいがからからに干からびて、
興ざめになるのが見え透いた落ちだ。
だって、もうこの世には居ない人の話じゃないか。
真贋なんて結局分かるわけがない。
と、僕は開き直っている。
そんなことをつらつら思いながら、そのあとは、
強烈な硫黄臭のする、如何にも 効能ありそうな湯元の湯にゆっくりつかった。
足も使ったし、暖まったし、心なしか、肩の痛みは薄れたように感じられる。
そうそう、如何にも、という言葉は、如何物(にせもの) 如何いたしましょう? 如何わしい。
に通じるという。
どちらか判別つきがたし、という実に境界的な言葉なのだ。
だから、ここのキモは、
心なしか、の部分なのだろう。
ああ、ええと、そう、今日の目的はなんだっけかね?
ああ、気分転換。と、肩休めだったっけか。
どちらも、気のせい、とは言わないけれど、
気の持ちよう、でずいぶん具合は変わる。
良くなった、と意図的に思う事は大事だ。
興ざめ、ならぬ、湯ざめする前に帰るとするかね。