2015年09月01日

如何にも戦場ヶ原


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 その昔、下野国(栃木日光)にある二荒山(男体山)の神と、
上州(群馬)の赤木山の神が戦った。

二荒山の神はオロチに、赤木の神は大ムカデへと姿を変え、
二荒山のふもと、中禅寺湖で激突する。

事の起こりは、美しい中禅寺湖の水の奪い合いだった。
国境をまたいで進撃する赤城の大ムカデ軍を
二荒山のオロチ軍が迎え撃った。
しかし、ムカデのあまりの勢いに、二荒山の神は圧倒された末、
本拠地二荒山麓まで敗走することになった。

敗軍となった二荒山の神のもとへ、常陸鹿島(茨城)の神からお告げがある。
援軍、奥州にあり。乞うべし。

二荒山の神は今度は白い鹿に姿を変え、
奥州(東北)へと援軍を要請。
弓の名手猿丸太夫を召喚することに成功した。

これが決め手となった。
猿丸太夫の剛弓が見事、大ムカデの大将の眼を射ぬき、
ようやく撃退に成功しましたとさ。


というのが、
奥日光 戦場ヶ原の名前の由来だそうだ。

 下野国、ムカデ退治とくれば、藤原秀郷、またの名を俵藤太を置いて他にないだろう。
平将門の乱において、下総国、猿島郡にて、
平将門を打ち取るという武勲で名をはせた武将。
その報償として得たのが、下総国使、武蔵国鎮守府将軍というポジション。

下野に深い縁のある人だったんだな。
こちらは、実在の人物、とされている。

史実をもとに、神戦の伝説が出来上がったのか、
もともと原形となった神戦の伝説があって、
そこに実在の人物や出来ごとをあてはめて
さらに勇ましく脚色され、伝わったのかは定かでないが、
両者にそれなりの関係性はあるのだろう。



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 さて、話は変わるが僕は8月ずっと、ひどい50肩に悩まされた。
正確には 肩関節周囲炎 というらしい。要するに長年の使い痛みだ。

どうにも良くならないので、温泉にでも行ってみるかね。
気分転換程度でも。と思い立ち、
先週、一日、仕事を休みにして下野国までドライブに決めた。
長距離運転がきついので、運転は千恵。

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癒されるコッツウォルズのせせらぎ。
と言いたいところだけど、ここは奥日光。

戦場ヶ原、このとんがってる名前がいい。

湿原の木道を過ぎるとミズナラやトドマツの巨木の森が広がる、
貴婦人の異名を持つ、草原にすっくと立つ白樺をながめたあと、
また駐車場へ。
伝説の野をぐるっと4時間足らずの長めの散歩。

うん、少なくとも気分はいい。
見晴らし。とは言い得て妙だ。
それだけで、凝り固まった体や脳が切り替わるのか、
雲が途切れて陽が差すように、
ちょっといつもと違う視点に切り替わる。

 ちょうど木道の途中に伝説の解説パネルがあったものだから、
ずっといろんなことが頭をぐるぐると廻っていた。
例えば・・・・。

 史実と伝説。
どう違う?
どちらも大昔の話だし、
考えたらそんなに違いは無いんじゃない?
いや、一方は今も証拠が残る事実で、一方はおとぎ話、創作じゃないか。
それは、全く別物だろう。
それはまあ、その認識で間違ってはいないのだろうけども・・・・・。

いやいや、でも、と考える。
共通する部分は有る。
どちらも、それを語り伝えたのは人なのだというところ。
文字で書き記そうが、口づてであろうが、
そこに、人の意図や願望や責任といった、
人間臭い虚飾がなかったということはできない。
その点では、記録も記憶も決定的な差異はない。

フィクションだろうとノンフィクションだろうと、
結局、物事を語る、すなわち物語、の形をとってしか、
ひとは、何かを後に残すことは出来ないのだろう。
 
 さすがに大ムカデやオロチとなれば、
はなから、なにがしかのメタファーで、ファンタジーなのだろうと、
察して読めるけれど、
突き詰めればどちらか判別付き難し、なんて如何わしい“定説”いくらでもある。
けれど、それを、ホントかウソか、事実か虚構か、
僕自身は詮索も検証も、
ほどほどで止めることにしている。
物語の嘘を暴くなんて、野暮天もいいところだし。
味わいがからからに干からびて、
興ざめになるのが見え透いた落ちだ。
だって、もうこの世には居ない人の話じゃないか。
真贋なんて結局分かるわけがない。
と、僕は開き直っている。

そんなことをつらつら思いながら、そのあとは、
強烈な硫黄臭のする、如何にも 効能ありそうな湯元の湯にゆっくりつかった。
足も使ったし、暖まったし、心なしか、肩の痛みは薄れたように感じられる。


そうそう、如何にも、という言葉は、如何物(にせもの) 如何いたしましょう? 如何わしい。
に通じるという。
どちらか判別つきがたし、という実に境界的な言葉なのだ。
だから、ここのキモは、
心なしか、の部分なのだろう。



ああ、ええと、そう、今日の目的はなんだっけかね?
ああ、気分転換。と、肩休めだったっけか。

どちらも、気のせい、とは言わないけれど、
気の持ちよう、でずいぶん具合は変わる。
良くなった、と意図的に思う事は大事だ。

興ざめ、ならぬ、湯ざめする前に帰るとするかね。
















posted by 前川秀樹 at 23:48| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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