どんな様子かというとこんな様子。
中世の街、とパンフレットにはある。
なるほどなあ、よく残っているもんだ、と感心したけれど、
これは復元だそうだ。
たび重なる戦乱によって破壊された街を、世界大戦後、
多大なる寄付でもって、かつての原型をできうる限り再現するという法律のもと再建された。
とある。
で、それを現在まで保っているというわけだ。
建築物に限らず街のなりも、使用される素材も技術も中世当時のまま。
便利で耐久性もある現代の素材の使用は最低限なので、
再建されてからも時を経れば当たり前に痛む。
全てが一から作ったわけでなく、それでも良く残っていたから、
再建しようということになったのだろうが、
それにしても、
古い方法でもう一度作るなんてよくもまあ、と思う。
そしてそれを保つとなると大変なことだろうに。
テーマパークと大きく違うのは、そこに、ずっとどの時代も
人の暮らしが息づいてきたというところだ。
そして、痛んだり欠損した部品を補完する職人の生産性も同時に、
保持され続けているというところ。
「それ風」と「そのもの」の差異を際立たせ続けることは並大抵ではない。
看板も当時のスタイル。
さすがにそのままのデザインではあるまいが、鋳造と鍛金両方の方法が見られる。
鍛冶の腕も、それ風ではなく、手が込んでいる。
さすがはマイスターの国。
吹き出し口のオニ?の表情が面白い。
ここにも何やら異形の面が
人魚、姫?いや、男だから人魚王子?尾が二股なのは人間度がやや高めという設定なのかな。
いや、単にシンメトリーにこだわった結果か。
マーメイドに対してマーマンという言葉は実際にある。
それでこれがどうしても見たかった、15世紀の名巧
ティルマン・リーメンシュナイダー作の祭壇壁。
当たり前だけどこれ全部木組みである。
彩色は施されていない。
完成当時は、うっすらと淡い色が付いていたとの記録があるが、
繰り返しの洗浄作業の末に今は全く残っていない。
木という素材がむき出しである。
にもかかわらず、木が素材感をぐいぐい押しだしてくる、という印象は受けず、
むしろモノクロームであることで、何が彫られているか、
という“主題”が際立ってせまって来る。
500年を経てなお、目の前のそれは“材木”ではなく“物語”として
そこにある。
この唐草とか一体どういう順番で、どんな道具で彫り出して そして組みあげたのか、
もはやさっぱりまったくわからない。
もう、ため息もうなることすらも忘れてしまう。
この祭壇壁の前に座って、長い長い時間、ただぼうっと呆けてしまった。
滞在中2度通ってまた呆ける。
後ろのステンドグラスからの逆光の具合で、祭壇壁はしばしシルエットになる。
目が慣れるとまた細部へと、知らず視線が動く。
その度、さらに細部の木目にまで目のピントを絞る。
何度も見直して、認識のレベルを下げてみる。
これは単なる昔の創作物で材木の塊にすぎないのだ。と。
しかし知らずまた押し戻される。
それは材木である以上に唐草であり、
あれは最後の晩餐のテーブルにつくキリストであり、
となりにいるのはペトロという人間にしか見えなくなってくる。
それは具体性を持った形が見る者の脳内へ訴える、すさまじい強制力だ。
裏はまあそんなに彫ってない。見えないからね。
長椅子の手すりにすら・・・・・・。
木彫りがすべて彼の手によるものではなく、木組み、彫り物それぞれに職人がいる。
この地方の昔の人達はみんなこんなに超人的に腕が立ったんですか?!、と
途方もない気分にさせられて、ちょっとまた別の教会へ行き
ベンチに腰掛けると、
あ、ゆる。ちょっと和む。
こんな感じのもあるんだ。
素材も松材のようだし、こういうのもあっていいんだ。
スッポンはゼニガメの小さきを笑い、タイマイの麗しさに妬くが
月と比べることはない
というけど、そうそう、いろいろあっていいんだよね。
旅先で真剣になりすぎも良くないから、ざっくり纏めてみました(笑)。
通りの行きあたりで何やらにらみを利かせる気配が。
沢山の眼。これは、あれだ。
日本で言う百目鬼とか、鬼やらいのときの方相師のお面みたいだ。


こういうの。
さて、明日は城門を出て、川沿いに森に入り込んでみようかな。
人の技に圧倒された時には、自然が一番だ。うん。