2013年07月24日

北海道・3 静内の浜と意外な御縁のことなど。

北海道 2013・6・9 (94).JPG

今から242年前。
明治4年のことである。
この静内の沖に、ある船団が着いた。
上陸したのは
阿波藩(現在の徳島県)の500人にも及ぶ家臣団である。

江戸時代、淡路島は阿波藩の支配下にあった。
阿波藩の知藩事、蜂須賀家を本店にたとえるなら
淡路の洲本へは筆頭家老の稲田氏が派遣されており、
洲本城はいわば淡路支店のようなものだった。

明治政府の版籍奉還によって、
本店、蜂須賀家家臣すべてに士族の位が与えられたのに対し
稲田側で、士族となったのは稲田藩主のみ、家臣はすべて卒族とされた。
破格の減給である。
これは困った。
この先どうやって食いつなげばいいのだ。

稲田家臣は、明治政府に対し運動を起こす。
家臣すべての士族への編入と分藩独立を掲げて。

雲行きが怪しくなってきた。

案の定その動きに本店は激怒。
支店の分際で。
しかし、支店とはいえ稲田家は豊かで公家との縁組もあり、
非常に高位だった。
プライドも高い。簡単には要求は譲れない。

きっかけはそれだけではない、
積年、両者の間には根の深い確執があり、
廃藩置県という一大転換点において
必然的に起こった騒動だったに違いない。

明治3年。
とうとう蜂須賀家の一部過激派家臣が決起、
藩知事の制止を振り切り、大量殺傷事件を起こす。
死者17人、けが人20人、投獄監禁300人以上というものだった。
これがのちに言う庚午事変(稲田騒動)である。
明治政府はこれを重く受け止め、
蜂須賀家家臣への厳しい処分を下す。
打ち首10人、八丈島への終身流刑27人、禁固多数。

一方稲田家への処分は、士族への編入を認める代わりに
家臣全員の北海道の静内と色丹島への移住開拓というものだった。
中央集権化を推し進める政府にとって、いまさら藩の独立などという
新たな火種を認めるわけにはいかなかった。
名目上の両成敗とはいえ、こちらもまたあまりに厳しすぎる処分といえた。
事実上のお家解体である。



一連のいきさつは、
船山馨の小説、「お登世」や、最近では「北の零年」という映画に詳しい。
ここ静内には、稲田家臣上陸の碑やお登世の碑などがある。
今も静内(現 新ひだか町)と洲本市は友好都市だ。

僕はその200年後の洲本で育った。
昔、何かで読んだり、母から聞かされた歴史話で、
明治に、沢山の淡路の人が北海道へ開拓に旅立ったことは
ぼんやり知ってはいたけれど、
改めて、郷土史なぞ調べてみたのはこれが初めて。

なるほど、ざっくりそういう話だったのか。
あくまでざっくりなので、勘違いや歴史解釈の偏りなどはご容赦願いたい。


北海道 2013・6・9 (102).JPG

現在では、このあたり、数多くのサラブレッドの育成牧場で有名だ。
だから静内川に沿ってさかのぼると、見渡す限りの緑野が広がり、
のんびりと馬が草を食んでいるちょっと欧州めいた風景だ。
海沿いの町の中心あたりも大型店舗などが立ち並び、
にぎやかとは言い難いが、それなりに町の顔をしている。
だから、242年前、彼らの目で見た開拓前の風景、
というのは想像することはちょっと難しい。
しかし、屈辱的な無抵抗を貫いた家臣たちに、
追い打ちをかけるような過酷な暮らしが待っていたことは想像に難くない。
記録によると上陸は5月2日
この北の地では春とはいえ未だ冬枯れ残る曠野であったに違いない。
あの島の温暖でのんびりした風景とは似ても似つかぬ
厳しい異国の眺めだったことだろう。
実際、女子供はその地を見て、砂地に突っ伏して泣き叫んだという。

この浜でなあ・・。

もっとも白状すると、
そんな詳細な歴史は旅から帰ってから知ったことなので、
その朝のわずかな時間の浜歩きのときには、
とりたてて感慨深く歩いたわけではない。
ただ、僕はさみしい色の海だなあ、とだけ思った。

北海道 2013・6・9 (91).JPG

北海道 2013・6・9 (101).JPG

沢山、持って帰りたい面白いものが流れ着いていた。
流木に鹿の角、頭骨、エイの卵苞、ぬいぐるみ・・・。
どれも白茶けて魅力的に映ったけれど、
旅の途中故、そうそう持って帰れるわけもない。
ならせめて写真だけ。
ほら、並べるだけで何かになりそうな予感がする。
やっとちょっと楽しくなってきた。

北海道 2013・6・9 (105).JPG

四角く大量の石が並べられていて、ちょっと遺跡みたい。
誰がやったんだろう。一人ではないだろう。
ここに居ると、
そこにあるもので即席で何かを作りたくなってしまうのは、
もしや僕だけではないのかも。

寂しく感じることと、
何かを表現したいことは
関係があるのだろうか・・・。

なにかほのかに見えそうな気がしたけれど
残念ながらそこまでで時間切れ、
宿の朝ごはんの時間。

立ち去る前、
遠く懐かしい洲本城跡の石垣の映像が一瞬
僕の頭をよぎった気がしたけど、
多分、気のせいだ。

北海道 2013・6・9 (115).JPG















posted by 前川秀樹 at 20:31| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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