境内には御山の神の眷属である、御犬様の像が
いたるところでにらみを利かせている。
三峰神社。
ここの御祭神はイザナキ、イザナミとあるが、
国生み神話の主人公であるこの二柱の神様は、
こんな深山には御客様風情でどうにも似合わない感じだ。
ここは、狼信仰の(諸説あるが)総本山なのだ。
狼(大口真神、御犬様、大神 ...)は、御山の神様の御使い、眷属である。
山中の苔むした風情の古刹を想像していただけに
実際の拝殿の色とりどりの絢爛さには正直、あっけにとられた。
いきなり現れた異界という印象だ。
昨年、個展「漂泊の森」で僕は大きな白い狼をこしらえた。
ちょうどそのころ一冊の本を読んだ。
「狼の護符」という大変興味深い本だった。
作者の御実家である神奈川県川崎の古い農家。
その土蔵の入口にはいつからか、
黒い犬の姿が刷られたなぞの護符が張り付けられていた。
大人になった今、その護符のルーツを探る旅が始まる。
過程で見えてくる、百姓と御犬様の深いかかわり。
まったく思っても見なかった御山と異界の存在。
そして、旅は現代という時代への深いメッセージへと結ばれてゆく。
プロローグで、書かれているのは、作者の悔恨と謝罪の手紙である。
子供時代、百姓という生き方に対し抱いた、
疎ましい気持ちへの、深い悔恨である。
とても印象深い内容の名著だと思う。
この本の中で、重要な役割を担うのが、
どちらも御犬様講の総本山、武蔵御岳神社とここ三峰神社である。
広い駐車場から茶店のある表の参道を過ぎ、
神社の立派な楼門を抜けたとたん
空気がさあっと変わった。
左右の灯篭の回廊の合間から狼たちが黙ってこちらを見ている。
奥の院を抱く妙法ヶ岳を遥か彼方に拝する、遥拝殿。
岳から吹く強い風が遥拝殿の鳥居を抜け、本殿の前を通り抜け
反対側の端にある御仮殿へと吹きぬけてゆく。
その風を受けるていると、ああ、
ここは今も何かの通り道に建っているのだな、と分かる。
道も良く、自動車で登れるようになった今も
未だ生きた御山、という印象を受けた。
来てよかった。
もともとこの地方は狼信仰の盛んな土地なので、
いたるところに、狼がいる。
多分、狛犬や獅子よりも多いのではないだろうか。
そのうち、是非御犬様巡りをやってみたいなあ。

ちなみにこんなテレビドキュメンタリー番組もあった。
絶滅したとされるニホンオオカミの存在を信じ今も追い続ける人々。
こちらもまた面白い。
「見狼記」
ニホンオオカミは実際に未だ生息するのか否か、
それは分からないけれど
御犬様(大口真神、大神 etc.)はどうやら今も健在で
それは時折本当に人に獲り付くらしい。
狼は人に沿う。
狼は強く賢く逞しく、頼もしい。
そして恐ろしい。