最終日、空港に向かう前に立ち寄りたい場所があった。
沙流川の下流、二風谷(にぶたに) というところ。
出発前知人から、すごくいいところですよ。気持ちがいい谷です。
と教えられた。
例えて言うなら、ナバホインディアンの聖地のような場所です。とも。
そこに、
二風谷アイヌ文化博物館というのがあるらしい。
雨も上がった。
なるほど、これはすごい。ひろいひろい緑の中州が広がるまさに聖地。
気持ちが平らな谷筋に吸い込まれそうになる。
でも僕は何も知らずに行った。
この雨季のサバンナのような中州はダムによって形成されたものらしい。
なるほど、下流側が無粋なコンクリートの建造物でせき止められている。
そうか、うかつだった。ここは水没させられた聖地か。
ここにもアイヌと和人の耳を覆いたくなるような争いの歴史がある。
博物館で資料を斜め読みすると、まあ、なんてひどいことを。
アイヌ文化に触れるとき、どうしてもそうした、
和人による略奪、弾圧、搾取の歴史とぶつかってしまう。
避けて通ろうとしても、どうしても。
ああ、いい場所だ。素晴らしい文化だ、とだけ言いたいのに、
その言葉にはつねにある種の闇と後ろめたさが付きまとう。
そのことが残念でならない。
見ないふりを許してはくれない。
薪の燃えるいい香りにひかれて、敷地内に復元された大きなチセ(家)に入ると、
座敷にはガマの穂で編んだ御座が敷き詰められていた。
4m×1mで一枚単位。厚みが2センチくらいあってこれは最高の肌触りだ。
多分夏の冬も。
この最高のゴザはトマという。
ふと窓際をみるとすごい迫力のあるおばあちゃんが、木の繊維をほぐしていた。
こんにちは、お邪魔します。
アイヌ文化の伝承者で今はアイヌ語の講師をしていらっしゃる、
木村いとさんというおばあちゃん。
オヒョウニレという木の皮をなめし繊維を取ってそれで紐を依る。
それがトマの経糸となる。
僕はほんとに何の予備知識もなく、ちょっと立ち寄っただけのつもりだったのに、
木村さんの話があまりに面白くて、囲炉裏の前でついつい長居をしてしまった。
アイヌ語で、数はどうやって数える?山はなんていう?谷は?
文字を持たなかったアイヌの言葉はアルファベットか片仮名の表記となるが、
トに小さな○がついているのは 強いて言うならトゥに近い。
帰ってからちょっと検索したらすぐ出てきた。このおばあちゃん。
伝承者としてそうとう有名な方らしい。
話も上手だもの。
というか声に重力があるみたい。
どこまでも引き込まれてしまう。
印象に残った話がある。
子供のころ祖母と、明日、客が来るので山菜を摘みに行った時のこと、
祖母は目当ての山菜を見つけては、こちらでちょっと、あちらでちょっと、
と、同じ場所からはほんの少しづつしか採らない。
おかげで籠を満たすのにずいぶん遠くまで歩いた。
なぜかと聞けば、
隣のばあちゃんも多分採りに来るから、
近いところで全部採ったら、他の人が困るからこうするのだ、
と笑って言ったという。
全部取らないのは、隣の人のためと、収穫は沢の神様からのおすそ分けだから。
という意味合いがある。
当り前のことかもしれない。
が、たったこれだけの気づかいが果たして今、
当然のこととしてなされているだろうか。
子供の常識以下の事を色々と尋ねる40過ぎのおっさん旅人に
「しっかり勉強してください。」
と木村さんはいった。
ごもっともです。僕は知らないことと忘れていることが多すぎる。
当り前のことを。
なんでもかんでも知識を深めればいいというものではない。
時間にも許容量にも限度がある。
けれど、今、自分に必要だと感じたならば、とにかく知らねばならない。
それをこの齢80才を過ぎてなお、
車を時速80キロで疾走させるという、このエネルギッシュな人が
たくさん知っている気がした。
なんで、こんなに駆け足で来てしまったかなあ。
深く後悔をする。
そのあと充実した展示に再び衝撃を受けた。
なんじゃこれは!
いままでぼんやりととらえていた、
同じ日本の中の異なる民族の造形。息遣い。それと苦悩。
暮らしと心と、両面において、なんて豊かな文化。
彼らがどう自然を解釈し、付き合ってきたか。
せめてものヒントにと、アイヌ語の本と写真集を数冊購入して、
また車に乗った。
他にもほしい本がたくさんあったけど、現金がなくて断念。
ATMなんて無いしなあ、、。
再び後悔。
なんだか旅の終わりにやっと入口に辿り着いたような思いだった。
僕に必要、というよりも、今の日本に、といっても
ある意味でいいすぎじゃないかもしれない。
でも仕方がない。
必要なクエスチョンを、ちゃんと整理してからまた来よう。
答えを性急に求めすぎると必ず間違う。
牽強付会というやつだ。
感じること、勉強すること、考えること。知ること、分かること。
きちんと順番を踏むことが大事。
はい、おっしゃる通り、勉強します。
こういう勉強なら僕の頭にもまだまだ入るです。
津軽海峡をひとっ飛び。
たった1時間半で茨城空港に着いたら、見事な夕焼け。
皮肉にもこっちは晴れ続き。
まだまだ気温32度越え。
それにしてもどこまで遠くまで行ってきたんだろう、
なんか、大事なことがある気がする。
そんな気がした。
必ずまた行こう。