

石拾うツマ。ぐったり疲れているくせにそれでも泳ぐチャイ。
海女はいつものように海に潜っていた。その日、そのあたりの磯に潜るのはなぜか自分一人だけだった。
ひとしきり、程よく大量のアワビを船にあげ終わり、
最後にもうひと潜り、と慣れた仕草で、両肩に全体重を預け、
数メートル先の、
アラメに覆われた岩棚に向けて垂直にぐいっと潜行した時だった。
自分とまったく同じ身なりの白装束の海女の影が横切った。
今の今まで確かに、そこには自分ひとりきりだったはず。
とっさに岩棚のはしに手をかけ、波打つアラメの陰に身をひそめ、
さっきの白い影のほうを水眼越しに凝視した。
すると、同じように海草の陰からこちらをうかがう海女がいた。
その顔は、自分の顔だった、、、、。
トモカズキだ。殺される。海女はとっさい思った。
落ち着かなければ、、、、、。
とか、そんな、ああ、怖い。それはこわい。
僕は海のそばで育ったから、海は泳ぐというより、潜る、ものだと勝手に思っている。けれど一人で海に潜る、というのはやはり怖い。
波で、揺られる海草や、日陰になっていて、ひやりと水温の低いところを通過したり、白くなった大きな魚の死骸を見ただけで、
心臓は波打つ。
鳥羽から車で30〜40分走ったところに、海女で有名な相差町(おうさつ)、というところがある。
そこの海女はむかしから、
トモカズキのような海の魔物を恐れたようだ。漠然とした海中という異界の恐怖感の象徴が、トモカズキのような魔物、ということかもしれない。いや、本当に見た、という生々しい体験談もあったというから、やっぱり想像するとぞわっとしてしまう。
それをよけるためには、
潜水時に身に付けた白い磯着にイボニシ貝からとれた、貝紫の染料で魔よけの印を描いたという。
文字通り、魔を避けるものだ。
それがこれ。

ドーマンセーマンという名前が有名だ。
星印の籠目紋と、九字を切る形の格子紋。
それがお守りになって、今も売っているところがあると聞いて、
立ちよったのが、

神明神社、つまり相差町の氏神さんなのだが、通称石神さんと呼ばれているらしい。日の当たる高台で、気持のいいところだった。
-thumbnail2.JPG)
で、お守りがこれ、
なるほど、さすがに今は貝紫でも手書きでもなくて、麻袋に印刷のようだったが、色や風合いが実に素朴だ。
赤とか緑とか金色とか、いわゆる家内安全なんかの御利の文字が描かれた、神社のお守り、ではない。
ご利益は魔よけと、それを持つ女の願いをなんでもひとつかなえてくれる。というもの。
あとのはまあ、ちょっと付け足しっぽい。
袋の色合いがきれいだ。
社務所のおばあちゃんに聞いたら、
「貝紫は私らが子供のころにはもう使うてなかったわなあ。」
とのこと。そうか、そりゃずいぶん昔だ。
でも、麻の袋は今も伊勢の泥で染めているらしい。
石神さんの御祭神は、タマヨリビメ。タマヨリヒメと混同されているがまた別で、タマヨリビメは海神ワタツミの娘にあたり、
姉、トヨタマビメの子ウガヤフキアエズを養育し
やがて、二柱は結婚。
5子をもうける。
そのうちの一人、カムヤマトイワレビコがのちの神武天皇だ。
大まかに言うと古事記ではそう描かれている。
いずれにしろ、天孫族の始祖は異界の母を迎えたというところがみそだ。
そして、タマヨリビメを御祭神として崇めるのが、ここの海女たちである。
ここは女衆の参ずる神社なのだ。
僕らの行ったときにも、若い女性観光客らしき人たちが幾組もお守りを買い求めていた。
同じように携帯ストラップなんかもも売っていて、こんな小さな神社で結構な今風の町おこしが成功しているのかもしれない。
さておき、僕には気にかかっていることがあった。
異界、海の王と陸の王。天孫族の氏神伊勢神宮。白装束。
そして籠目、魔よけ、目くらまし。
とくると、昨日見たばかりの、
若冲の、鯨と象。鳥獣花木図屏風。そして神宮の森から受け取ったいろんな言葉たちが
パズルピースのようにここにきてぴたりぴたりとはまってくる。
うーん、なんだか知らないが良くできてるぞ。
しかし、しかしだ。
だからといって、その符牒の一致がなんなの?
と考えると、そこから先が僕の頭では読み解けずにいる。
絵はほぼできている。
でもこれ、何を描きたかったの?
何かがあるのはわかる。でも、
茂った木々の葉っぱの陰からちらリちらりとだけ見える、森の動物のように、正体は何だかはわからない。
たとえるならそんなイライラ。
まあ、でも今回はここまでかな。
石神さんにちなんで浜に出て、小石を拾う。
きれいなのがたくさんあった。

この日、目に付いて手にしたのは1本または数本の筋の入ったものが多い。
筋?交差する眼・・・・。
あ、いかん。またこれは何かの目くらましに合ってるぞ。
言葉をいたずらに拾ってはいけないいけない。もう考えちゃいけない。
これから長距離運転が待ってるし。
それこそ危ない。
さて、遅めのお昼をどこかで食べて。
帰ろうかね。
はるばる茨城まで。
ああ、お出かけ魂も満たされた。