さて、君の椅子。
である。
中村好文さんから、一本の電話をいただいたのが、昨年夏。
それからすこし間が開いて、今年の1月。
僕ははじめて北海道という所に行った。
そのときのことは、以前このブログにも書いた。
まず急遽だったので、1泊2日という時間の中で、
札幌から特急スーパーカムイで旭川まで、
さらに車で東川へ。
とにかくすべてがはじめて。
会う人全部はじめまして。
風景って言ったって、視界全部どっちむいたって真っ白。
何が何やら、というくらい詰め込んだ二日間だったなあという印象だった。
「君の椅子」プロジェクトというのは、
最初、現在北海道文化財団の理事をなさっている
イソダさん、という方が教鞭をとっておられた旭川大学の
ゼミ生とともに考え出された、斬新で素敵で、
なにより暖かなプロジェクトだ。
場所は件の東川町と、となりの剣淵町。
対象はその年に生まれた新生児とそのご両親。
その家庭に、ようこそ、と君の場所を、といった意味をこめて、
町が椅子をプレゼントしよう。
といったもの。
デザインは1年目、2年目と、中村好文さん、伊藤千織さんときて、
3年目が僕。
実際に形にして、おおよそ5〜60人に上る新生児のために椅子を製作してくださるのは、東川で家具を作っている家具作家の方。
1月に僕はそれも無論初めて、
むう工房の向坊さんという一人のビルダーに会わせていただいた。
挨拶もそこそこに僕は、いつも持ち歩いているクロッキー帳に描いたアイデアスケッチを、ぽん、と向坊さんの前のテーブルの上に置いてみた。
さて、
そこからのやりとりのスピードには驚いた。
とは、連れてきてくださったイソダさんの言葉。
作り手同士、とはいえ、僕は美術家。最終的な形を絵にすることはできても家具の構造や家具のための木の選び方なんてさっぱりわからない。
一方、向坊さんのほうは
普段の制作とは全く違うゴールを提示されたのだ。
この形が、この曲線がゴールです。
ここのゴールに入ってさえいただければ、
どんな道を通っても、どういう速度でもすべてお任せします。
というむちゃ振りに職人のプライドで答えなくちゃならない。
しかも締切は数ヶ月後。
普段の制作のお仕事の合間に割り込ませていただいて。
返す返すもむちゃ振りだ。
1月の打ち合わせは、
時間切れでひとまず打ち切り。
それでもぐぐっと前進の手ごたえはあった。
あ、でもこのひと、やってくれそう。
翌月は、東京でお会いすることになった。
僕は今度は実物大で、ベニヤで模型を作っていった。
そして改めて、現実的に工程を教わる。提案もする。
実は打ち合わせらしきものは、その2回だけ。
4月には旭川大学で、発表記者会見があった。
僕は同席できなかったんだけど。
その模様と完成品の写真を向坊さんから送っていただいて
何となく、おー!そうか!できたんだ。
4月からもう贈呈が始まるんだ。
との感慨はあったが、実物を触っていない僕は、
どこか遠いところの話みたいに聞いていた。
像刻展の準備と重なってもいたので、
時期的のも、印象は薄いものになっていた。
前置きが長すぎるけど、
その椅子に初めて、今回会うことができたのだ。
東川町の役場の入り口には過去2回の椅子と一緒に
確かに僕の描いた絵の通りのそれが並んでいた。
タイトルは「スタンプ」
切株という意味と、印という二つの意味を込めた。
上下をひっくり返して高さが変わり、
横にしてごろごろころがすこともできる。
しかしだ、僕は絵を描いて名前をつけただけ。
実際に長い時間をこれと過ごして、
お腹ならぬ頭を痛めて無事出産したのはビルダーのほうなのだ。
と、見た瞬間、その時間の質と重みが、ずどん、と伝わってきた。
それほどに、絵 では描かれなかった細かい工夫がなされていたからだ。
さぞや難産だったでしょう。と向坊さんに問えば、
「普通の仕事じゃやんないよね(笑)」
その笑顔にすべてが詰まっている気がしたので、
僕はただご苦労様でした。ありがとうございます。
とだけ返した。
種をまいたのは自分だけど、
形になったそれを見て、いい椅子だな。と掛け値なしに思えたからだ。
その日の午前中のワークショップでのコーラスもそうだったけど、
一つのことを、パートに分かれて、それぞれががんばる。
相手を見ながら、自分も力を出す。
一つの目的に向けて合わせていく。
そんなことが僕は最近とても大事に思えるようになった。
“群れ事嫌い”の僕でも、人と一緒に力を合わせることは楽しいのだ。
また、それができる自分に、新鮮に驚いている。
そういえば、夏の水泳リレーもそんなだっけね(笑)
東川町の役場の方々を中心に、夜、懇親会を開いていただいた。
内陸の街なのに、やけに美味しい新鮮な魚や町で作っているギュッと硬い美味しい豆腐や、いろんなごちそうが並んだ。
それにしても、写真甲子園だけじゃなく
もともと気質がウェルカムな町なんだなあ。
君の椅子は、生まれたての子供たちにも
ウェルカムを発するプロジェクト。この街ならでは。
ということなのかもしれないな、
と思った。
今回、君の椅子
文化出版局のおなじみ「銀花」
の取材が行われた。
どんな記事になるか、初めて見る第3者の目に
この町を挙げてのプロジェクトはどう映ったのか、
楽しみにしている。
議会の最中にも関わらず、
会見の場をまたまた設けてくださった、町長さん。
差し出がましいようですが、僕に椅子ひとつくれるって言った御約束。
僕のほうはいつでもかまいませんよ。
お忘れでさえなければね。(笑)
最後に向坊さんちの愛犬
チャッピー
今回はなでさせてくれてありがとね。