2017年02月17日

山怪

P2060474.jpg


 山と渓谷社から出版されている「山怪 弐」という本を読んだ。
マタギや林業従事者など山という異界で暮らしの糧を得る人々が体験した
なんとも不可思議な出来事が聞き書き形式で編集されている本だ。
壱が出た時にも面白くて一気に読み込んだ。

山には何かが居る。

すっかりその気になって午後から出かけることにした。
先日のこと。
遠くに行くのは道路状況が不安なので、近場の山で。

風の通り抜ける尾根道を息を切らせて登る。
冬の山は何だか棟上げ間近の建物みたいに遠くまで見通しが効く。
清々しく透明で不思議とほっとできる安心感がある。

P2060470.jpg

P2060462.jpg

ふと見れば足元に一面に散らばる石英の欠片。
周囲の岩から自然に風化して散らばったものではないだろう。
誰かが、ばらまいたものだ。
わざわざこんなところまで持ち込んでばらまけるような量ではない。
この近くで掘り起こし、何らかの理由で捨てていったものに違いない。

突き出た岩はほぼ全て花崗岩なので、石英はこの辺りのものだろうが、
普通の花崗岩はこんな風に大きな塊で鉱物が含まれることはなく、
粒は細かく均等だ。御影石のあのツブツブ模様の大きさだ。

ということはこれの元々はペグマタイトである。
ペグマタイトとはざっくり言えば
それぞれの鉱物の粒が部分的に
異常に大きく結晶した花崗岩のことである。

近くにその脈が含まれたものがあるのだろう。
と思って尾根道をちょっと外れてウロウロしていたら。

P2060464.jpg

あった。ウロが。というより穴?


P2060469.jpg

穴の入り口は砂というか土砂が大量に掻き出されたような斜面が。
いったいどんな妖怪が?

のはずはなく、紛れもなく人が掘ったものである。
こんな穴がいくつも口を開けており、
それが斜面にほぼ一直線に斜めにずっと向こうまで並んでいる。
おそらくこの穴の並びが鉱脈筋の傾斜なのだろう。

おっかなびっくり、そのうちの一つの穴に懐中電灯を差し入れ
体半分だけ這い入って、視線を上げる。
体半分だけとはいえごつんと落盤したらそれっきりである。


よく見えないので、好奇心が疼いて、もうちょっと奥まで這入ってみる。
さらにもうちょっと。
入り口は狭いが中は意外にも広かった。
人一人やっと、どころか、しゃがんだ状態ではあるが、
10人以上入れそうな規模である。

 ライトに照らされた岩壁には幅70センチほどで
帯状になったペグマタイト脈が地面と平行して走っている。
やっぱりあった。
白っぽい長石と半透明の石英を地色にして一面に雲母がキラキラと光る。
光の具合では川面のようにも見える。
ちょっと神秘的な眺めだった。こんな規模のものは初めて見た。
しばらくただ眺めて見入ってしまった。
ライトを動かす。
あかりの届くぎりぎりの暗闇にぶら下がる黒い塊はなんだろう?地中きのこ?
いやいやあれは蝙蝠だろう。ざっと8つくらい。
この低い天井であれがバタバタ飛んできたら嫌だなあ。
その奥の闇の深さにちょっとゾッとした。どこまで続くんだろう?

本当にこれを人力で?どれくらいの時間で何人で?
よく見れば、足元には錆び付いたタガネがいく本も転がっている。
これを重いげんのうで叩き続けて岩盤を崩し
それをザルのようなもので外へ運び出し続け
結果こうなったのだ。
凄まじい執念。
風化が進んだ花崗岩は脆い。
あの蝙蝠のあたりで、タガネの振動で
ズドンとひとかたまりの岩が天井から剥がれ落ちたら、
それだけで多分死ぬのだろう。生き埋めというのも嫌だ。
命の危険と引き換えにできるほどのものが
本当にこんなところに埋もれていたのだろうか?

ここは鉱山ではないから、
営利目的の開発やいわゆる仕事ではないはずで、
つまりは個人的な盗掘ということなのだろう。
何か目的のものを探し掘り出していたのだ。

P2060467.jpg

穴から這い出て入り口の外の砂利の中から見つけたのがこれ。

P2170494.jpg


P2170491.jpg

煙水晶の破片である。

これの綺麗な良品が彼らの獲物なのだろう、
あるいは緑柱石や大きな石榴石も出たかもしれない。
花崗岩ペグマタイトとそれらは縁が深い。

そして写真の破片はこの洞窟の製作者たちが捨てていったものなのだろう。
とはいえこれら弾かれたゴミから推察して、
盗掘者の獲物がそこまで希少な
上質の水晶であったとは考えにくい。
この辺が宝石の名産地なんて評判、聞いたことがないから。

僕には相場なんてよくわからないけれども、
いずれにしろここで産出するのは目の飛び出るような高価な代物ではないように思う。
ただ個人の趣味としてもっといい獲物が欲しかったか
あるいは暗闇でのその行為には中毒性でもあるのか。
いずれかの一心でタガネを打ち続けたのだろう。

ちょっと掘れば、あと10センチ掘り進めば、びっくりするものが出てくるの違いない。
あと1時間続ければすごいものが現れる。

その発想こそが山師のそれである。
山師とは元々相場師や賭博師という意味ではなく、
金属鉱脈を探して歩いた山人たちのことを指す。

山中の木立の隙間に
そんな人間の妄念みたいなものが今も漂っているような気がした。


こんな明るすぎてスケスケに見える現代においても、
謎や不思議や怪なんてどこにも居場所を失ったかに思える昨今においても、
なお
山は何かを隠している。

感想というより願望に近い。
だから山はいつも怖くて、どこかほっとする。

 今日 春一番が吹いた。


















posted by 前川秀樹 at 22:01| LOLO CALO HARMATAN | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする